ディオ・グリム
第7話
生まれた時にはもうダンジョンというのは日常の中に存在していた。
突然現れたその建物に対する混乱はまだ残ってはいたが「探索者」という仕事も若者を中心に認識され始めていた。
ディオが探索者になろうと心に決めたのはちょうど十五の時。
父親が戦争で使っていたという剣を背負い、村を飛び出した。
村の者たちはだれもディオが大成するなどとは思わなかったらしい。
「あの怠け者ディオが探索者? 魔物に殺されてダンジョンに食われちまうのがオチさね」
「なんにせよいい厄介払いができたわい。働きもせず大飯を食らうようなやつだったからなあ」
村の老人たちは皆ディオが出ていくことを喜んだ。ただ一人、ディオと村でともに育った少女だけは離れていくその背中を瞳に涙を浮かばて見送ったという。
村人の身勝手な予想などものともせず、ディオは初めて入ったダンジョンをたったの三日でクリアしてしまった。
そこで手に入れた「炎を吐き出す短剣」を自分の力とし、その後もいくつものダンジョンを制覇していく。
気づけばディオ・グリムという名前は世界でもよく知られるようになった。
村の長老から手紙が届いたのはディオが十八になった冬のことだった。
手紙には「村の近くにダンジョンができたこと」「どういうわけかそのダンジョンから時折魔物が迷い込み、困っていること」「ディオの幼馴染が魔物の瘴気にあてられて病気になったこと」が書かれていた。
手紙の最後には「どうか村に来てダンジョンを踏破してほしい」とも。
ディオは村に向かった。村人のためではない。ただ一人、ディオが心から愛する幼馴染のためだった。
村につき、その近くを探索すると確かにダンジョンがあった。
小さな洞穴のような入り口を進むと蜂の姿をした魔物が襲ってくる。
ディオはそれを撃退し、さらに奥へと進んだ。
そのダンジョンを攻略することはさほど難しいものではなかった。
大きさはディオがそれまで見てきたものよりも随分小さく、出てくる魔物も強くはない。
ディオはすぐにそのダンジョンをクリアし、「女王バチの涙」という魔法の品を持って村に帰った。
ディオの帰還を知った村の者たちは大喜びで彼を迎え入れ、酒やら肉やら村にできる最大限のごちそうをふるまおうとした。
しかし、そんなもののためにディオは帰って来たのではない。
村の片隅、まるで見捨てられるかのようにぼろぼろに放置された小屋を見てディオは怒った。
その家の中に自分の幼馴染がいることを知っていたからだ。
彼女はダンジョンから出てきた魔物から村人を守ろうとして犠牲になった。
蜂の毒を受けたのだ。彼女の両親はもうすでにこの世を去った。それを知っていて村人たちは彼女のことを放置したのである。
「病が移る」という根拠のない恐怖におびえて。
ディオはかろうじて息の残る彼女を抱き上げて「女王バチの涙」を彼女の口に含ませる。
それは「どんな毒にも効く特効薬」だった。
そのおかげで彼女は一命をとりとめ、その後も村に居座ったディオの賢明な手当のすえ意識を取り戻した。
目を覚ました彼女はディオが自分のためにダンジョンで手に入れた魔法具を使用したことを知ると涙を流した。
ダンジョンの奥地で入手したものは高値で売れる。そんな高価なものを自分のために迷うことなく使ってくれたディオの気持ちが嬉しかったのだ。
しかし、村の老人たちはディオのことを非難した。
「村にはまだ魔物にやられた者がいる。それなのにたった一つしかない『女王バチの涙』をディオは私利私欲のために使った」
ダンジョンをクリアしてもらった恩も忘れ、勝手な言い分で責め立てた。
そんな言い分を聞きとめるつもりはディオにはさらさらなく、彼は回復した幼馴染をつれて村を出ていき、二度と戻らなかった。
二人が夫婦となったのはその翌年の春のことだ。
ディオはその後も探索者として十分な活躍を続け、貯めたお金で国の片隅……村から一番離れたところに家を買い、そこで夫婦仲良く暮らしていた。
その翌年には子供も生まれ、ディオは家族の温かみに触れ幸せを感じていたのだ。
国から彼に手紙が届いたのはそんな頃だった。
嫌な予感がしつつも封を開く。
そこには「西に新たなダンジョンが誕生し、人々を困らせている」という旨の内容が書かれていた。
ダンジョンの名前は「ドーマ地下迷窟」。今のところその最深部までたどり着けた者はおらず、中の魔物が強すぎて手を焼いている状態とのことだった。
その手紙は国からディオという探索者に向けられた「命令」のようなもので、暗にそのダンジョンに迎えと言っていた。
それを断れば国内で暮らすのは難しくなるかもしれない。
愛する妻とまだ生まれたばかりの子供。二人のことを考えると無視することはできなかった。
ディオは「ドーマ地下迷窟」に向かったのである。
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