第2話

リリアは無数にある依頼書の中から一枚を選ぶ。

もともとのパーティーに置いて行かれ、新たなパーティーも見つけられない今、リリアは一人でダンジョンに挑むしかない。


基本的に探索者ギルドは複数人でパーティーを組んでのダンジョン攻略を推奨している。

探索者が一人で入った場合、その探索者が帰ってこなかったときに困るのだ。


中で死んでしまったのか、それとも怪我をして動けない状況なのか判断が付かないし、捜索隊を送ろうにもダンジョンのどこにいるか推測がしづらい。


また、単純に魔物に囲まれた場合やダンジョンに罠があったときにそれを一人で切り抜ける実力が求められる。


駆け出しのリリアにそんな実力があるはずもないので選べる依頼書は限られていた。


「ドーマ地下迷窟ですか……」


受付嬢はリリアの持ってきた依頼書を睨みつけて、「むむむ」とうなる。

ドーマ地下迷窟はリリアの実力でもなんとか一人で探索できる最低ラインのダンジョンだった。


発見されたのはおよそ千年前と言われていて、その後五百年の間何人もの探索者が挑戦したが最深部にたどり着けず一時期は「難攻不落」とまで言われていたダンジョンである。


魔物自体は強くないが、その広大な内部の作りが非常に厄介とされていたが、数百年前に最深部到達者が出てから状況が変わった。


発見した人物はダンジョンの最深部についてこう発言している。


「一番奥には扉があるだけで、その扉の向こうは壁だった。宝も何もない。見せかけだけのクソダンジョンだ」


と。


その後、その探索者の経験のもと作られた地図により多くの探索者が最深部にたどりついたが、証言通り最深部にはなにもないことが確認された。


かつては「難攻不落」とまで言われたダンジョンは長い年月をかけて地図が作られ、その内部が丸裸にされた結果、「ただ広いだけで、魔物も弱い初心者向けのダンジョン」とまで言われるようになった。


リリアも初めて入ったのがこのドリノ地下洞窟で、その時は四人パーティーだったが拍子抜けするほどあっけなく最深部までたどり着けてしまったのを覚えている。


このダンジョンならばリリアでも一人で入ることができるだろう。


受付嬢もそう思ったのだろう。最初こそ渋い顔をしていたが、駆け出し探索者の置かれている状況など皆そんなに違いがない。

リリアの金銭状況を鑑みて承諾してくれた。


「リリアさん。十分に気を付けてくださいね」


受付嬢にそう言われてリリアは頷き、探索者ギルドを出ていこうとする。


「おい、あいつまた捨てられたみたいだぜ」


「あー、あれだろ? 実力もないのにやたら口うるさく言ってくるから面倒くさいって」


ギルドにいた二人の探索者が話をしている。

リリアはそのままギルドを出た。


自分が「口うるさい」と他の探索者たちからよく思われていないのは知っていた。


それでもリリアは自分の行動を変えようとは思わない。


罠の有無を確かめもせずに突き進んだり、初めて戦う魔物でも様子見せずに切りかかったり。

リリアが口を出すのはそういう危ないと思うようなことがあった時だけだ。


それでも、彼女と組む他の探索者たちからすれば「こんな初心者向けのダンジョンで何を言っているんだ」となるらしく、リリアは面倒くさがられていた。


「いいんだ。ダンジョンが本当は怖いところだって私はしっている。おじいちゃんが言ってた」


ドリノ地下洞窟へ向かう途中、リリアは気を抜くとあふれそうになる涙をこらえながら歩いた。


リリアが探索者を目指したのは祖父の影響が大きい。

祖父も若いころは探索者で、幼いリリアによくダンジョンの話をしてくれた。


それはある時は心躍るような冒険譚で、ある時は身もすくむような怖い話。

リリアはそのすべての話が好きだった。


いつの日か「自分も探索者になりたい」と思うようになり、こうして探索者になった以上祖父の教えに従って生きようと思っている。


「いいかいリリア。ワシらのご先祖様……リリアのおじいちゃんのおじいちゃんのさらにずっとおじいちゃんは有名な探索者だったんじゃ」


歩きながらリリアは祖父の話の中で一番好きだった話を思い出した。

先祖が数々の未踏破ダンジョンを最初に攻略した凄腕の探索者だったという話だ。


幼いころはその話が大好きでよく祖父にせがんでいた。


先祖の探索者は最後はダンジョン内で死んだと言われている。

彼がどこのダンジョンに挑んだのかは明かされていない。

彼がクリアできなかったダンジョンがこの世界のどこかにあり、いつかそのダンジョンを見つけて踏破することがリリアの夢だった。


「ディオ・グリム……」


リリアは先祖であり、自分の中の英雄でもある彼の名前を呟いた。

そうすると不思議と前向きになれる気がしたのである。

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