第8話 選定の剣

「おい。囮になるからちゃんと倒せよ。」


「はあ?一体どうやっ……て…」


 女の返答を聞くよりも早く、俺は駆け出した。



 俺が女の持つ聖遺物アロンダイトを切り札と決めつけたのには理由がある。

 それは、聖遺物には特殊な力が宿っている事を知っていたからだ。


 竜殺しの秘剣、アロンダイト

 対ドラゴンにおいて最高峰の力を誇り、強固な鱗も紙より容易く斬り裂く切れ味。

 かの伝説の勇者様も魔王討伐の道中に現れた竜の軍勢をこのアロンダイト一本で切り抜けたそうだ。


 対ドラゴンにおける最強兵器。

 あの女はそれを持っている。

 なら、剣が届く範囲までドラゴンを落とせば確実に倒せる筈だ。

 俺はそのアシストをすればいい。

 なあに、聖遺物を持っているのは俺も一緒だ。

 やってやれない事はない。


「いくぞ。。」


 今は懐に入れている折れた剣に取り出して、そう呼びかける。





 選定の剣、カリバーン

 それが俺の村に刺さっていた伝説の剣の正式な名前だ。

 一見少し上等なだけのナイトソード。

 勇者様の伝承にも、愛刀であった事しか描かれておらず特異な能力は不明…だった。

 俺がこの折れたカリバーンを実際に使うまでは。


 異変に気づいたのは、冒険者として働き出してからだ。


 金を稼ぐために受けた討伐依頼の最中、魔物の血で切れ味が落ち、持っていた剣が使えなくなってしまった。


 いちいち街に戻るのも面倒くさい。

 そう考えていた時、ふと思いついた。


 剣なら持ってるじゃないか。

 とっておきのやつが。


 折れていようとも剣は剣。

 しかも元は勇者が使っていたと言われる伝説の武器だ。

 そこら辺の武器屋で売ってる剣に劣ることはないだろう。



 そんな軽い気持ちでカリバーンを手に取った、その時だ。


 流れ込んで来た誰のものか分からない記憶。

 幾千幾億と継承され続けて来た、長きに渡る剣の記憶。


 その日の討伐依頼は、一瞬で終わった。




 カリバーンがなぜ人を選ぶのか。

 それは自身に耐えうる身体機能を持っているのか見定めるため。

 そうでなければ、器が壊れてしまうから。


 カリバーンの持つ能力とは、歴代所持者の持つ剣の技術を強制的に継承させる力。

 つまり、今の俺は剣術という面だけなら、かの伝説の勇者と同等という訳だ。


 まあ、正式な手順で抜いた訳じゃないから完璧には使いこなせないんだけど…


 制限時間は約30秒。

 それが、今の俺が勇者と同等の剣術を発揮できる時間の限界だ。

 それ以上は身体の方が耐えられない。

 この30秒で決める。




 相も変わらずドラゴンは上空でブレスを吐く準備をしている。


「——ったく、いつまでもそこが安全圏だと思うなよ。そこはもう、俺の間合いだ。」


 力強く大地を踏み締め、一息に飛ぶ。

 ただの跳躍。

 それだけで俺の体は宙に浮き、ドラゴンの右翼に届く。


「もーらいっと。」

 

 カリバーンは左手で持つ。

 使うのはカリバーンではなく、その辺で買った市販の剣だ。

 なんせ折れたカリバーンでは殴打は出来ても斬ることは出来ないから。


 右手に握った市販の剣でドラゴンの右翼を切り落とす。

 その鱗の強度に市販の剣では耐え切れず刀身は砕け散るが、目的は達成した。



「ギャァァアアアアッ!!!」


 右翼を失ったドラゴンがバランスを崩しながら落下して行く。


「隙は作ったからな。後はしっかりやれよ。」


 誰に届く訳でもなく小さくそう呟くと、俺は重力に身を任せて落下した。

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