コンビニのお客様が、ポイントカードと一緒に婚姻届を渡してきた。

棗ナツ(なつめなつ)

私、客から婚姻届を貰ってしまう



「ポイントカードはお持ちですか?」



深夜3時、住宅街のコンビニ。

いつもと代わり映えのない勤務をする私は、1日に100回は言うであろう呪文を唱える。



「あ、あります。あと………」



対して、スライムくらいの頻度で会う客の男性は、いつものようにポイントカードを取り出し―――






「婚姻届もあります」





「―――はい?」



「いやだから、婚姻届です」



―――2枚目のポイントカードを出すテンションで、人生で1度使うかどうかという書類カードを渡してきた。











「………ちょっと意味がわからないんですけど………」



序盤の街のモンスターが急に凶暴化したみたいに、善良な客からやべー客にジョブチェンジした男性。

その手には、間違いなくお役所に渡すアレが握られていた。



「婚姻届とは、日本において、法的な結婚(婚姻)をしようとする者が提出する書類のことです」


「カッコとじの部分まで読み上げる人初めて見ました」


「ほんと、Wikipediaって便利ですよね〜」


「はあ」


「まあ、最近寄付をお願いする広告が鬼ウザいんですけど」


「今の私には貴方のほうがウザいですけどね」


「それで言えば、YouTubeの広告もスキップしたいですよね〜」


「私は今見せられている婚姻届の広告をスキップしたいんですが」


「消しゴムマジックで消してやりたいのはお前だ!って画面の前で言ってやりましたよwww」


「鏡でも見たらどうです?」



コンビニバイトというものは、人間観察である―――そう言ったのはニーチェかアインシュタインか、あるいは売れないミュージシャンか。


深夜という、酒と煙草と男と女が入り乱れ頭がおかしくなる時間において、人間は自らが課した脳のリミッターを解除してしまう。


かくいう私も、レジ前で接吻するカップルに始まり、どう見てもパパ活のオジサマや、帽子にサングラスに黒マスクという犯人みたいなお客様、急性アル中のイタイタ大学生に、こことは別の世界で生きてらっしゃる妄想お姫様など、たくさんのヤベー奴を見てきた。



しかし、この男性。

善良一般サラリーマンで昼間に事務仕事をこなし、夜は飲み屋で後輩に奢るのが日々の楽しみ。少し天然なせいで職場の同僚には男扱いされず、マッチングアプリに挑戦してみたが上手く喋れずに飯だけ食べて帰られる。

―――なんて想像が似合うこの推定30歳男性は、昨日までただぎこちない笑みでお釣りを受け取り、恥ずかしそうに「ありがとうございます」を言って帰る客だったというのに………。



「これは、僕の本気です」


「私には冗談にしか見えないんですけど」


「一緒に買ったものを見てください。すぐに分かりますよ」


「えーと………ビスケットのマリーと、オートミール………」






「マリー・ミー。結婚してくださいってことです!」













「あの、私夏目漱石じゃないんで分からないです」






「あれぇ?」


「『月が綺麗ですね』を『アイラブユー』に訳せるのは、よっぽどの小説家か妄想家じゃないと無理ですね」


「じゃあ、僕のことを理解してもらえてないって事ですか!?」


「そうです。少なくとも私には、深夜からお菓子作りをする絶滅危惧種のゆめかわ男子に見えますね」


「確かに、僕の苗字は夢川です………!!」


「えっ」




そして私は、彼の手に握られた婚姻届を奪い取る。


そこにあった、『夫になる者』欄に示されていた名前は、『夢川一角ユニコーン』。


…………やばい名前面白すぎる。我慢我慢。



「何笑ってるんですか?」


「…………いや、何でもないっす。気にしないでどうぞ」


「改めて、夢川といいます」


「どうも………」


「でも、家庭内で名字呼びっておかしいですよね。ユニコーンくんって呼んでください」


「家庭作るとは言ってないです。あとユニコーン呼びは笑っちゃうので遠慮します」


「結婚しても『円◯くん』って呼ばれるの、距離感察して悲しいですもんね……」


「誰もイ◯ズマイレブンの話をしろとは言ってないです」


「ちなみに僕は音◯さん派ですねぇ……」


「いい加減黙ってくれません?」


「ちなみに尾羽おばねさんは誰派ですか?」


「圧倒的に稲垣明◯人です」


「ごめんなさい、ア◯スとオ◯オンは見てなくて………」


「あっ………なんかすみません………」




瞬間流れる、気まずい空気。

誰もいないコンビニに時計の針がちくたくと動く音だけが鳴り渡る。



なんとなくいたたまれなくなって、私は言葉を発する。



「………よく私の名前がわかりましたね」



「そりゃ、毎日元気を貰ってたので」



「元気?」



ピンとこない私に、彼はあまりにもヘタクソな笑顔を作って、微笑みかける。



「普通すぎる毎日を過ごしていたら、ちょっとしたイベントがあるだけでドキドキするんですよ」



空気を読んだ店内BGMが、ライブの終盤のように優しい曲へと変わっていく中。

ユニコーンの名を冠した普通―――にしては行動が突飛な男が、さも普通かのように言葉を並べる。





「尾羽さんって、どんなに疲れていたとしても、お客さんの前では笑顔を向けてくれるじゃないですか。


 きっと昼のお仕事か何かでたくさん頑張って、コンビニのお仕事も頑張って―――絶対に大変だと思うし、何ならお客さんが並んでない時はすっごい人相の悪い顔してますけど」



「ああん?」


「ほら、こんなふうに」




悪態をつく私にも、動じずにへらへらと笑って。

そうして、彼は『普通』の感情を向ける。



「それでも、誰かの前では笑顔でいれる。それだけで、そう思えるだけで、普通に素敵―――なんて思っちゃ、ダメですか?」













「…………で、結局婚姻届受け取っちゃったの?」



3日後。

楽器が並ぶスタジオで、友人が呆れたように私を非難してくる。



「…………なんですか。受け取っちゃ悪いんですか」


「いや別に良いのだけどね………ナンパにしても行動が突飛すぎるわね………」


「それもまたロックンロールでしょうよ」


「…………ロックンロールは免罪符にはならないわよ?」


「楽器破壊しても文句言われないですしね」


「X J◯PANにでもなりたいの?」


「世界はそれを愛と呼ぶんです」


「サ◯ボマスターにでもなりたいの?」


「まあゲス不倫するより良いでしょうよ」


「川◯絵音はもう許してあげなさいな」




ベース片手に私に文句を言う友人は―――真剣な眼差しで、私の作った曲をチェックしていた。





「しかし、こんな短時間で1曲作れるとは………ハオちゃんの才能凄いわね………」


「いや、目の前にあまりにも面白い状況が生まれちゃったので………」


「これを大事な1曲目として作るその根性、見習いたいものだけれど……」


「世の中には猛烈男尊女卑の歌さ◯まさしとか、恋人を殺したいって歌あ◯みょんを歌ってる人もいるんですよ?このくらいセーフセーフ」


「でも、なんかいつものハオちゃんと比べるとなんというか………普通な曲ね。尖ってないというか」


「歌詞は尖ってますけどね?」


「そういうことじゃなくてね」






「………知ってますよ。

 意外と普通も悪くないって、どっかの幻獣さんに教わったので」




そしてギター片手に言い訳をする私は―――普通に満足げな表情で、自分の作った譜面を眺める。







歌手名、ハオ。



曲名、『コンビニバイトとお釣りと指輪』。







―――新進気鋭の路上シンガーこと私の、デビューシングルとなるであろう曲だ。

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コンビニのお客様が、ポイントカードと一緒に婚姻届を渡してきた。 棗ナツ(なつめなつ) @natsume-natsu

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