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その日、初夏の到来を思わせる陽気に包まれながら球技大会は行われた。僕は今年初めて半袖のシャツに袖を通した。電車の中では朝から扇風機が回り、ちょっと汗ばむ肌には少し心地良かった。品川駅で見た今日の日付は間違いなく四月だった。
大会前日、午後はその準備で結構忙しかった。校門の前に大きなアーチを立てたり、グランドに大会本部のテントを準備したり、ラインを石灰で引いたり、体育館では床拭きをしたりした。みんなぶちぶち文句を言ってる割にはよく働いていた。みんなそれなりに大会を楽しみにしているのだ。楽しみにしてない奴はというと、そんな奴は前日と当日は絶対学校に来ない。そういう奴はどのクラスにも必ず二、三人いる。かく言う僕もその一人になりかけた。
大会役員に選ばれた連中はかわいそうに朝の七時半に集合だそうだ。僕はいつも通り八時半に登校した。生徒は全員ジャージ姿になり、それぞれに割り振られた係をキビキビとこなしていた。一番面倒と思われる係は僕がやった。ボール拾い係だった。
九時に校長からの大会挨拶があると、三年生のラグビー部の主将(?)が選手宣誓をスポーツマンシップにのっとって行った。あまりに素晴らしい選手宣誓に僕は拍手してしまった。もちろんその白々しさに。
午前中は体育館とグランドでそれぞれバスケットとソフトボールが行われた。午後にはバレーとサッカーが行われる。大会本部では各種目の得点集計係やら審判係が常に待機していた。また放送席が設けられ、口うるさい奴らがでしゃばってグランドの実況をしていた。下手くそなプロレスの実況を聞いてるようだった。また、体育館での中継もしていたのですぐに途中経過がわかった。
午前中は、僕のような午後にゲームがある者は、何らかの係に携わり、大会に協力する形になっていた。僕はバスケットコートの横で跳んでくるボールを追いかけながら大会に不本意ながら協力していた。僕のクラスのバスケットチームは意外なことに一回戦から三年チームをあっさり下し、その後も順調に勝ち進んだ。決勝戦に進むと、クロックや他のみんなが応援にやって来た。相手は一年生チームながら、なかなか手強いと僕は考えていた。午前中ずっと球拾いしながら全チームを観察していた僕が言うんだから間違いない。
「ソフト惜しかったぜ。三位だったよ」とクロックが僕のそばで残念がった。「こっちはどう?勝てそう?」
「難しいな、一年だけどなかなか手強い奴がいる。ほらあの背の高い奴」僕は一年チームの方に指さした。背の高い一年はコートの横で立ったまま、タオルで顔の汗を拭いていた。身長は百八十センチ強、柔らかそうな髪に、まだ幼い中学生らしい顔が覗いていた。今はベビーフェイスだが、一、二年もすれば、たぶん顔つきが大人っぽくなってハンサムになるだろうと思わせるタイプの顔だった。
「あいつか」
「知ってるの?」と僕は聞いた。
「知ってるも何も、俺の中学の時の部活の後輩」とクロックは言った。「こりゃ勝てねえかもな」あっさりと諦めた口調だった。何気ない一言だったが、クロックが言うとまんざら嘘とも思えない。むしろ正確な分析による判断に聞こえる。クロックは冗談も言うが、本気の発言もかなりある。そして直感とも言える発言の時ほど論点に対する外れがない。
「確かに上手かったけど、そんなに」と僕は呆気にとられた。
「俺直伝」
僕はなるほどと思った。
直伝後輩は床に座ろうとして腰をかがめようとした時に、コートの反対側にクロックがいることに気づいた。クロックは手を振り、その直伝後輩は姿勢を正して礼をした。それからこっちに向かって走り寄って来た。
「先輩、こんちわっす」と高くリズム感のある声で直伝後輩が言った。身長百八十センチの人間が僕の脇をかためた。
「よっ。がんばってんじゃん」とクロックがそれに応える。
「次は先輩のクラスですね。けど手は抜きませんよ」
「生意気言ってんじゃねえ」とクロックは笑いながら直伝後輩をどついた。
「イタタタ、イタイッスヨ。じゃあ、これから秘密の作戦会議があるんで失礼します」と言って直伝後輩は再びコートの向こうに戻って行った。直伝後輩が戻ろうとする少し前、彼は一瞬だけ視線を僕に向けた。
「仲いいね」と僕は二人のやり取りを聞いて感想を述べた。
「ああ」とクロックが言った。「あいつ甘ちゃん面して頭いいんだよ。普段から難しいタイトルの分厚い本カバンに入れてんだ」
「へえ」と僕は言った。僕は直伝後輩はどんな本を読んでるんだろうと気になった。
クロックの言った通りうちのチームは負けた。それも直伝後輩の恐るべき大活躍によって。
そしてクロックの予言は着々と実現に向けて進行していた。なんと午前中の時点でバスケットとソフトボールの合計得点は百点を越えていた。順位にして三位。優勝圏内だ。 クラスのみんなは異常なまでに興奮していた。女子の何人かはこの僕にさえ「午後のゲームがんばってね」と言った。彼女たちはきっと主力メンバーの中で作戦会議していたからなんとなく僕に声をかけただけかも知れない。とにかく無頓着な僕も変に高ぶる力が湧いてきていた。
「多少無理と思っても、逆サイドへのパスはガンガン蹴ってくれ。俺が絶対敵に取らせないから」とクロックはゲームの作戦について話した。作戦のメインは結構簡単で、ボールに密集しないようにパスをつないで相手を振り回すことだった。具体的にはクロックとサッカー部員でかためたフォワードにどんどんボールをまわすことだった。フォワードの三人はクロックと現役サッカー部員で、ボールさえあればどこからでもシュートする奴らだった。「ディフェンスは徹底的にサッカー部のマークをしてくれ。一度に二人もつきゃそうそう攻撃できねえだろ」
僕はわかったとうなずいた。
時間になり大会本部から選手のコールがあった。みんな立ち上がり、さあ、いこうぜ!と声を掛け合った。クラスの女の子たちは「みんながんばってね~」とキャーキャーはしゃいだ。
グランドに向かう途中「がんばろうぜ」とクロックが僕の肩を後ろからガシッと掴んだ。
「球拾いの成果を見せてやる」と僕が振り向いて言った。当然握り拳に親指を立てて。
「期待してるぜ」とクロックがにやりと笑い、握り拳に親指を立てた。
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