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 我がクラスは午後に入ってバレーボールでは三位と上々の成績をあげていた。しかし優勝するには今一歩点数が足りなかった。こうなるとサッカーでは何がなんでも優勝しなければしなければならなくなった。一回戦、二回戦と我がチームは圧勝し、三回戦は危なげながらPK戦で勝利をもぎとった。五対五でのPK戦で決着がつかず、サドンデスでクロックがもう一度蹴り、ゴールを奪った。

 そして決勝戦、後半戦で見せたあのクロックのシュートは確かに凄かった。センターサークル周辺でボールを奪い合うために群がった集団の中から大きく蹴り出されたボールは、そのままゴールエリア外の右サイドにいたクロックへ。クロックはいきなり跳んで来たボールをためらいもせずタイミングを合わせて右足で蹴り、見事なノートラップのボレーシュートでゴールした。相手のディフェンスもキーパーも一歩も動けないほど鮮やかなシュートだった。これで得点は二対一で勝ち越し、前半一対一の均衡を破った。

「ゴール!凄いゴールだ!まさに稲妻のようなシュートだ。値千金のキックが炸裂した~」と興奮の放送席は半狂乱で何を言っているのかよくわからない。他の種目は全て終了し、詰めかけた千人にものぼる応援の生徒は飛び上がり拍手をし、歓声をあげた。

 そして一波乱あったものの、ゲームはそのまま終了を迎えた。ホイッスルが鳴ると味方の選手もクラスのみんなもその場でピョンピョン飛び跳ねて喜びあった。ゲーム終了の礼が終わると、クラスのみんなはグランドになだれ込み参加選手に労いの声をかけた。みんなで抱き合い、手を叩いて喜びを分かちあった。中には泣き出す女の子もいた。キーパーの奴が後ろから歩いてきて「やったぜ、痛くなかったか」と聞いた。いや平気だと僕は言った。そうは言っても僕の顔はずきずきと痛んだ。「やったんだぜ!」と叫んでキーパーは走り出してみんなが集まる歓喜の渦に向かった。みんなとても楽しそうにはしゃいでいた。みんなこの時のことをきっと忘れないだろう。だけど僕とクロックとあともう一人だけはその渦の中から完全に外れたままその場に突っ立ていた。


 話が三分ほど前に戻る。

 華麗なるボレーシュートからホイッスルが鳴るまでの約三分間、クロックは気が抜けたようにさっきシュートした場所から動かなかった。さっきのシュートに全力を費やし、力が入らないようにも見える。もう一度自分のシュートを確かめるために誰かのパスを待っているように見える。クロックは釈然としない表情のまま立ち尽くしていた。

 クロックと同様に僕も釈然としないままでいた。ただ僕の場合は釈然としないまま三分間ゴールを守るために走り回っていた。

 何かが僕の頭の中でつっかえていた。何かがつっかえたまま今何が起こっていたのかを記憶を反復しながら全速力で駆け巡っていた。何かがおかしい。何か変だ。クロックのシュートには何か不思議な要因が深く関わっている。問題にすべき点がどこかですり替えられている。おまけに誰一人それに気づいていない。気づいているのはおそらく僕とクロックだけ。

 あの時何が起こったというのだ?

 後半戦開始と同時に味方の一人が怪我をした。脚を挫いたらしい。補欠とメンバーチェンジがあった。いや、もっとその後だ。みんなボールを奪うため我も我もと七、八人一斉に密集していた。誰がボールの主導権を握っているかなんて、外から見ても何がなんだかわからなかった。応援している連中もわからなかった。そこで爆発音。そうだ。通りを走る車のバーンというバックファイヤと思われる大きな爆発音がしたんだ。みんなが振り向くほど大きな音だった。大会本部も、応援席も、ゲーム中の選手たちも。その後はあっという間にボールは大きく蹴り出され、あっという間にクロックがボレーシュートを決めた。全てが一瞬の出来事だった。あの時何が起こったというのだ?

 当然僕が全然関係のない考えを巡らせている頃、試合はすみやかに進行していた。相手チームは残り三分間猛然とゴールめがけて突っ込んで来た。しかし焦るあまりか無茶なシュートを繰り返していたため、我がチームのディフェンスはボールをみんなクリアしていた。僕もボールに喰らいついてはボールをサイドラインに蹴り出した。せっかくクロックがもぎ取った一点を無駄にできないと思った。このままゴールを死守すれば優勝できるのだ。たぶんこれから僕が生きていく先にそんな経験は二度とないだろうと思うと何がなんでも勝ちたかった。このままの状態なら勝つことができると思った。

 しかし、その確信に一転して不安の影がよぎった。ゲーム終了間際、相手チームにシュートチャンスがあった。ゴールエリア外での味方のファールで相手のフリーキックになったのだ。時間的にもこの一プレイでゲームが決まる。

 右サイドからのフリーキック。オフェンスもディフェンスもがっちりとゴール前を固めた。まずボールの五メートル先にクロックを含めた四人が壁を作った。そしてニアポストにゴールキーパー、ファーに僕を含めたディフェンスが三人。残りはシュートを撃ちそうな奴をきっちりマークしていた。もちろん相手方もゴールを守る僕らの間にがっちり割り込み、どこからでもシュートを撃つ態勢だった。相手方のキッカーはサッカー部の奴だった。そう思うと可能性として二つの攻撃パターンが僕の頭の中にあった。一つはゴールを直接狙う場合、この晴れ舞台で直接フリーキックが入れば同点だ。キッカーの奴は株を上げることになる。また狙う自信だってあるはずだ。二つ目は味方へのセンタリング。しかしこの混戦したゴール内で素人だらけの味方にパスできるだろうか?上手くいったとしてもそう簡単にゴールを狙えはしないだろう。すぐに潰されるのがオチだ。可能性は後者の方が薄い。

 ホイッスルが鳴った。僕はファーポスト付近で機敏に動けるように構えた。キッカーが右サイドからボールを高く蹴り上げた。あいつは必ずボールを右に曲げて来る。僕は必死でボールの描く放物線の先を追った。身体を張ってでもボールを外にクリアする。そう考えてただボールの行方を追った。ボールは確かに曲がった。しかし、そのコースは僕の考えていたコースとは全く逆、つまりボールはパスとして左のドライブで蹴り出されたのだ。そしてその先には同じくサッカー部員が、しかも現役レギュラーがいた。正直、ボールに追いつくことはもはや不可能だった。空中戦になればよけいに無理だ。おまけにそいつの周りには味方は全くいない。完全なノーマークだった。もう選択の余地はなかった。こいつのシュートを絶対に止めなければ。来る。ヘディングが来る。突発的に閃きが起こる。僕の目の前に瞬間的にヘディングシュートの軌道が現れた。ほんのコンマ数秒のことなのにどうすればそれを止めることができるのか僕にはわかった。ゴール左上の隅を狙う!

 僕の頭の中は真っ白になった。


 僕の目の前は真っ黒い闇に包まれた。そして強烈な衝撃が僕を貫いた。僕は確かにシュートコースを読み、自陣のゴールを守り抜くことができた。ただゴール左上の隅を狙うことだけわかってボールの正確なコースまではわからなかった。僕は僕自身がグラウンドに倒れているのを自覚するのには数秒の時間を要した。なかなかの破壊力を持ったボールは僕の顔面を強打したのだ。自分の顔が破裂したかと思った。だけど、その衝撃で僕は理解したのだった。さっきのあのボレーシュートで何がおかしくて、何が変だったのかを。一体誰がクロックに絶妙なタイミングで正確なパスを送ったのかを。

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