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「なあなあ、どうするよ?今度の球技大会は何に出るつもり?」

 水曜日のホームルームが終わり昼休みのチャイムが鳴るとクロックははしゃぐように僕に振り向いて言った。にこりといつもの笑顔。

「いや、特に決めてないけど・・・。何で?」クロックの質問の意味に僕は今一ついていけなかった。僕は何にも決めていなかった。当日欠席することを決めそうだった。

「俺サッカーに出ようと思ってんだけどお前も一緒にどうかなと思ってさ」とクロックは言った。

 僕はちょっと考えて「いいけど役に立たないよ。わかってると思うけど」と言った。そう、体育の授業のサッカーですら僕は役に立たない。僕は先天的に球技は苦手なのだ。あそこまで下手だともはやDNAのせいにするしかない。二重螺旋にボールを上手く扱う因子が刻まれていないのだ。

 クラスのみんなはがやがやと席を立ち、めいめいの昼を過ごそうとしていた。教室中に安堵とため息が立ちこめ、ある者は食堂へ、ある者は弁当を広げていた。水面に飛び込むようにいきなり机に突っ伏して寝る奴もいた。

「前にも言ったろ?そんなことないって。フォワードに向いてないだけだよ。ゴールをがっちり守ってくれよ。お前はスタミナがあるし、ボールの行く先を読めるしバックスの方が向いてる」とクロックは僕を説得するように強く言った。その後「腹へったな」とおなかに手を置いて力なく言った。

「そうだな」と僕はうなずいた。

 クロックは立ち上がって右の人差指を下に向けた。食堂に行く合図だった。僕も立ち上がってクロックの後ろを歩いた。

 四月には校内で色々なイベントが控えている。入学式や始業式、身体測定、健康診断。今度の球技大会もその一つだ。ソフトボール、サッカー、バスケット、バレーの四種目をグランドと体育館を使って他のクラスや他の学年の連中と対戦するのだ。ソフトボールとバレーは男女混合、サッカーとバスケットはその危険性から男子のみで行われ、各種目全て勝ち抜きトーナメント方式で行われ、一位から順に得点を与えられる。最終的にトータルした点数の一番大きいクラスが優勝となる。僕のクラスは比較的運動部員の数が多いクラスだったので優勝候補とまでいかないものの、他のクラスからマークされていた。さっきのホームルームでもそのことを話していた。今週中に各種目の出場選手を決めるとのことだった。

「サッカーならいけそうな気がするんだよ。うちのクラスは結構いいメンバーがそろってる」クロックは自信ありげに言った。フォワードはあいつでキーパーはこいつでという風に手指を折りながら勝手にメンバーを決めていた。「ほら、前のミニゲームも圧勝だっただろう?」

「気合い入ってるね」と僕は感心して言った。

「わかる?こういうイベントは昔から好きなんだよ。みんなでわいわい騒いでさ。賑やかなお祭りじゃんよ?ほら、馬鹿くせえ言葉だけど団結って奴か?お前もそういう気分が味わえるぞ」

 階段を降りて学生食堂に向かう途中、他のクラスの女子が何人か挨拶していった。「元気~」とか「は~い」とかの類の明るい挨拶だった。それは僕に向けられたものではない。僕はそれほど有名ではない。もちろんクロックに向けられたものだった。クロックの校内での知名度は高く、知らぬ者はいないだろうし、無視することもできない。

 クロックは「よお!」とか「おう」とかの言葉を繰り返し、廊下ですれ違う知合いに挨拶をしていた。クロックの挨拶は元気が良くてさっぱりと爽やかだった。クロックはその存在だけで誰かの気分を爽やかにする作用を持っている。フラボノイド効果だ。

 学生食堂はいつものざわめきに満ちていた。食器の当たる音や椅子を引きずる音、あまりいい音ではない。人の話し声も。

「何食う?」とクロックは聞いた。先に聞くのはいつもクロックだ。「俺はカレーにするけど」

「そうだな天ぷらそばかな」と僕は言った。ここで食べる僕のメニューはだいたい決まっている。かけそばか肉そばか天ぷらそばだ。他のものは僕の舌にはちっとも合わない。

 券売機に並んで食券を買うと僕とクロックはカウンターに行ってそれぞれの舌に合うものと交換した。そして二人並んで座れる席を見つけてそこに座った。

 僕の右でクロックはスプーンでカレーライスを口に運びながら、サッカーのメンバーについてまた熱心に話し出した。

「さっきも言ったけどサッカーやろうぜ。俺の考えているメンバーをそろえればうちのクラスのチームは強くなる。それは間違いない」クロックは断言してコップの水をがぶりと飲んだ。「サッカーだけじゃない、バスケだってバレーだって上手くメンバーを割りふりゃクラスで全校優勝も可能かも」

 僕は口に入れたそばをゴクンと飲みこんだ。胸につかえるかと思ったけれどそうにはならなかった。

「まさか・・・」と僕は呟いた。「本当は当日来ないつもりだったけど、そんなに言うなら出るよ。でも・・・」正直僕はクロックに必要とされて嬉しかった。僕はあまり人に必要とされない。でも・・・。

「まあ大丈夫だって。四回も勝ちゃ優勝だよ」クロックは自信満々に言った。いつもの言葉。まあ大丈夫だって。

 けれど僕はそんなに楽天家ではなかった。果してクロックの言うようにすんなり勝てるとは思えない。とにかくクロックのいる限りうちのチームは目をつけられるのは間違いなかった。やはりそれだけクロックの存在は大きいと言える。

 でも実際、全校優勝を狙ってするのは無理な話しだった。大会の原則として出場は一人一種目と決められていたため、主力選手をある種目に集中させればその種目は確かに強くなれるが他の種目の選手層が薄くなってしまうため総合的に見た場合、結局たいして得点できないのだ。また、いくら一つの種目を強化しても他のクラスにだってクロックほどじゃないにせよそれなりの奴は確かにいるのだ。必ずその種目で勝てるとは誰も言えない。まして全校総合優勝なんてラッキーでまぐれなおまけなのだ。だからこそ種目別で優勝することにはそれなりの意義があった。でもまさか・・・。

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