【筆頭大天使】掌編小説

統失2級

1話完結

激しい風が唸りをあげ、容赦ない雨が窓を叩く。光哉は心の中で(停電だけはやめてくれよ)と呟きながら、マグカップ一杯の麦茶をゆっくりと飲み干し深いため息をつく。テレビの予報では3時間後の21時に台風はこの街に最接近する事になっていた。そして、いつもは駄洒落を連発している眼鏡を掛けた細身の中年女性の気象予報士も、この日ばかりは真剣な面持ちでこの台風を「猛烈な台風」と形容していた。光哉は毎週日曜日になると愛車のカワサキに跨り隣県のラーメン屋まで遠征するのを楽しみにしている男だった。しかし、その日曜日である今日は台風のせいで部屋に籠りっきりであったし、それに加えて停電にでもなったらエアコンが止まり最悪の休日になってしまう。光哉はこの台風を疎ましく思いながら、夕食を作る為にキッチンへと移動した。とは言ってもカップラーメンとサバ缶だけの簡素な夕食であった。


カップラーメンの麺を二口ほど啜り、サバ缶のサバに箸を伸ばそうとしたその瞬間である。その瞬間にテレビが勝手に点灯して画面には先程の気象予報士が1人で写っていた。そして、その気象予報士の発言は光哉を大いに驚かせる事になるのだった。「全てのサバには魚の権利が存在します。その魚の権利はサバの死後も尊重されなくてはなりません。ですから、あなたの様なハゲの中年がサバを食べてサバの名誉を傷付ける事などあってはならないのです。つまり、ハゲのあなたがサバを食べるという事はサバが生まれながらにして保有している正当な魚の権利を侵害するという事なのです。分かりましたか? 加藤光哉さん」「は?!」光哉は突然の奇怪な現象に思考が停止して呆けた様にテレビ画面を眺める。「サバを食べる権利のある人間は髪の毛がフサフサの人間だけなのです。分かりましたか?」と気象予報士は繰り返し、光哉は動転と困惑の中にありながらも、やっとの思いで言葉を絞り出す。「これは夢?」「いいえ、これは現実です。加藤光哉という男がハゲの癖にサバを食べ続けているという話を聞き付けた私は、あなたの部屋のテレビを介してあなたに警告を与えにやって来たという訳です」ハゲ、ハゲと言われて漸く怒りが込み上げて来た光哉は、今頃になって言い返す。「なんだよ、ハゲだってサバを食べても良いだろ」「いいえ、駄目です」「そんな事言ったって、ハゲは俺の責任じゃねぇよ、俺は俺の意思でハゲた訳じゃねぇ」「いいえ、ハゲはあなたの責任です。あなたは前世で死体から髪の毛を毟り取り、それでかつらを作って売り歩いていました。その報いで現世のあなたはハゲているのです」「うるせぇ、うるせぇ、俺は好きな時に好きなだけサバを食べ続ける。誰にも文句は言わせねぇ」そう言うと光哉はサバ缶のサバを一気に平らげてしまうのだった。「あ〜あ、私の警告を無視してサバを食べてしまいましたね。気象予報士とは世を偲ぶ仮の姿で私の正体は神様の次に偉い筆頭大天使です。その筆頭大天使の警告を無視したあなたには即刻の死と地獄での拷問刑を課します。あなたの様なハゲはさっさと死になさい。それではさようなら」気象予報士がそう言うとテレビの電源が消えて、部屋には静寂が訪れた。そして、その38秒後に光哉は左胸に強烈な痛みを感じて42年の短過ぎる生涯に幕を降ろすのだった。


死後の光哉は地獄に落ちて、拷問を受ける事になった。その拷問とは1秒で1cmずつ生えて来る髪の毛を5秒毎に2人の鬼たちに情け容赦なく毟り取られるという拷問だった。その拷問は38億年に渡って決して途絶える事なく悲しくも残酷に続くのでした。


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