バケモノのいる町

春クジラ

夕暮れに佇む防災無線

「今夜は外に出ないで、家の中にいるんだよ」

寝たきりの祖母が、ぽつりと呟いた。

何で?と聞いても、祖母は目をつぶって苦しそうに唸るばかりで「化け物が来るんだよ」としか言わなかった。


夕方、公園のブランコに乗っていると防災無線が聞こえてきた。


「こちらは、夜鹿区やかく生活安全課です。住民の皆さまにお知らせします。夜鹿区内にお住まいの方は夜十時までに、速やかに帰宅をしましょう」


私が住んでいる家は夜鹿区の中にある。こんな防災無線は初めて聞いた。



その夜。好奇心から、「化け物」をどうしても見てみたくなった私は、公園にある草むらの中で、身を潜めながら化け物を待っていた。近くの家々から電気が消え、辺りは真っ暗になった。手元の携帯に目線を落とす。時刻は十時。まるで、この真っ暗な世界で、たった一人になった気がした。


唯一の光は、目の前の通りにある街灯だけだった。息を潜めてその街灯を見つめる。


冷たい風が吹いてきた。しばらくすると、遠くから聞こえて来る。ずるり。ずるり。おぉぉ、と聞こえる風の音もだんだん大きくなり、心臓が跳ねた。



私は、両手で口を塞ぐ。




人の形をした「何か」がゆっくりと、歩いていた。背は三メートルは優に越している。身体は何も纏っておらずガリガリで、あばら骨が浮き出ていた。目は真っ黒。髪は生えておらず、そして、頭には鹿のような大きな角。


上にばかり気を取られて、だらんと下がった長い手が、何かを掴んでいる事に気付かなかった。




血だらけの男性が引き摺られていた。


私と同じく外にいた所を、あの化け物に見付かったのだ。そう直感した時、風の音かと思っていたのは、化け物の声だと分かった。


風は冷たいのに、身体中汗びっしょりだった。



音を出さないよう必死だった。永遠のように感じた。やがて、化け物が通り過ぎて行ったのを確認し、緊張が途切れた私は、その場で気絶するように眠りについた。

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バケモノのいる町 春クジラ @harukujira

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