第4話 ニセモノ
「――わっ、ミチオの作るご飯美味しい!」
お風呂場で散々搾り取られたあと、道乃丈は潤葉とお昼を食べ始めている。
あり合わせの食材で作った五目あんかけ。
潤葉はそれを綺麗に平らげたあと――
「ほなっ、アタシはちょっとお出かけしてくるね~ん」
と言ってエナメルのスポーツバッグもろとも出掛けてしまった。
野球の練習にでも向かうのだろうか。
よく分からないが、気ままな猫のような印象を受けた。
「――道乃丈くううううううううううううううううん!!!」
「あれ、早いですね」
やがて迎えた午後6時過ぎ。
夜見が颯爽と帰宅してきたことに道乃丈は小首を傾げてしまう。
残業まみれの社畜OLという話だったが、帰りが早い。
「実は毎度の如く残業を押し付けられそうになったから、道乃丈くんに早く会いたい私はなんと辞表を叩き付けてきたわ!」
「えっ」
「そしたら上司が日和って『残業を押し付けないから辞めないでくれ』って言ってきてね。だから辞めるのはやめて定時で上がってこられた、ってことなのよ」
「おー、じゃあ職場環境が改善されたんですね?」
「ええ、道乃丈くんのおかげよ。ありがとうね」
「え、いや、僕は別に何も……」
「いやいや、定時で帰りたかったのは道乃丈くんが居るからであって、辞表を叩き付けたのはその影響なんだから、どう考えても道乃丈くんによるバタフライエフェクトのおかげだわ」
とのことで、この世界だと特に意識せず評価が上がり続ける道乃丈であった。
「あ、それとね」
夜見がそんな前置きをしてから紡いだ言葉が、道乃丈を驚かせることになる。
「妹は合宿で使ってるバスが故障して今日は足止め食らったんだってさ。だから帰ってくるのは明日になりそう」
「……………………………………え?」
「ん? どうかした?」
「ど、どうって……いや、えっと……」
道乃丈が混乱の坩堝に突き落とされたのは無理もない。
なんせ潤葉はお昼に帰宅済みなのだから、夜見の発言と噛み合わない。
だからこそ努めて冷静に訊き返す。
「か、確認ですけど……妹さんって潤葉さんですよね?」
「あれ、なんで知ってるの?」
「お昼に帰ってきたんで……」
「えぇ!?」
夜見も混乱し始める。
「ど、どういうことっ!? 潤葉はまだ絶対帰ってきてないと思うんだけど……」
「で、でも帰ってきましたよ? 金髪でウルフカットの……」
「金髪でウルフカット……?」
夜見が眉間のしわを深めた。
「……潤葉は黒髪のショートポニテなんだけど」
「え……」
「あの子は野球部だからね、ブリーチなんてしないわ」
ということは、お昼にやってきた潤葉は潤葉ではない別人?
道乃丈はゾッとしてしまう。
「じゃ、じゃあお昼に現れた潤葉さんはどこの誰なんですか……? この部屋の鍵で勝手に入ってきましたけど……」
「……間違いなく金髪のウルフカットだった?」
「は、はい……」
「なら心当たりがあるわ……」
「……あるんですか?」
「ええ……ちなみに何かされた?」
「えっと、その……食べられました」
「かぁ~~~~っ! 潤葉を騙って道乃丈くんを食べるなんてあいつめぇ……!!」
ぷくうう、っと頬を膨らませた夜見がズンズンと部屋の外に向かってしまった。
どうやらニセ潤葉のもとに突撃しに行ったようだ。
同じマンションの住人なのだろうか。
(合い鍵を持ってた、ってことは、ひょっとして……)
なんとなく見当がつき始める中、道乃丈も夜見のあとに続く。
夜見が向かったのはマンション1階のとある部屋。
インターホンを鳴らしてからゴンゴンと玄関ドアをノックし始める。
そして、
「――オーナー!」
と、夜見が叫ぶ。
道乃丈は「やっぱり」と思った。
(オーナー……要するにあのニセ潤葉さん、大家さんだったわけか)
道乃丈がそんな風に得心する中、目の前のドアがガチャリと開いて――
「あちゃー、バレたか♪」
と、金髪ウルフカットのニセ潤葉が茶目っ気たっぷりに顔を覗かせてきたのである。
「オーナー! ――いえ、
「いやいや、それを言ったら第三者を勝手に連れ込んで住まわせるのは契約違反だって分かってますかな夜見ちゃん? 幾ら幼なじみでもひと言欲しいわけよ」
「うぐ……」
「潤葉ちゃんについては許可出してるけど、そっちのミチオについてはまだ許可出してないわけだしね~?」
オーナー、もとい紗綾はニヤニヤと責める表情で夜見を見つめている。
「居住者が妙な人物を連れ込んだらそいつを精査するのはオーナーとして当然の仕事なんよ。ミチオは良い子みたいだけど、だからといって夜見ちゃんの部屋に住まわせるのを許可するかどうかは迷っちゃうな~w」
「ど、どうすれば許可を貰えるのよ……」
「そうやね~、ミチオを時折レンタルさせてくれるなら良いよ♡」
「そ、そう来るわけね……」
「さあどうする?w」
「まぁ……道乃丈くんがそれで良いなら、しょうがないと思うわ」
そう言って夜見の視線が道乃丈に向けられる。
「……道乃丈くんはそれで大丈夫?」
「えっと……」
なんだか妙なことになっているが、行く宛てのないこの世界で追い出されるわけにはいかないし、何より紗綾というオトナ女子と改めてきっちり親交が持てるのは悪いことじゃないはずだ。
なんの変哲もない道乃丈が身体ひとつで世渡り出来るのはこの世界ならではだ。
(……倫理的に正しいかどうかは置いといて、望み望まれの関係性なら、それはきっと悪いこととは言い切れない)
したたかというほどではないにせよ、利益を考えて動く。
その中で相手にも利があって欲しいので、交換条件を提示されるのは助かると言える。
だから、
「大丈夫です。紗綾さんとも仲良くしたいので」
と応じた。
「おぉ~、じゃあ夜見ちゃんの部屋に住むのを許可したげる♡」
「紗綾……でも今夜は私が道乃丈くんとイイコトをしたいの」
「分かった。ほんじゃアタシは基本日中にミチオと戯れることにするっ」
というわけで――
「――道乃丈くん♡」
このあと、夜見の部屋に戻って夕飯を食べたのち、イイコトをし始める。
『昨今は男性の性欲減衰が社会問題となっていますので、シモ関係でたくましい男性というのは高く評価されるようになってきていますね』
『一夫多妻も許されているわけですし、そういったたくましい男性が世界の存続には必要不可欠なわけですね』
テレビからそんな音声が聞こえてくる。
もしかすると道乃丈は、この世界に足りないピースのひとつなのかもしれない。
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