第3話 休む間もなく

「おはよう、道乃丈くん♡」

「あ……おはようございます、夜見さん」


 翌朝。

 ベッドで目覚めた道乃丈は、真横に寝そべる裸の夜見から顔を覗き込まれていた。


「寝顔、可愛いからつい見とれていたわ♡」


 そう語る夜見と昨晩、肉体関係を結んだという事実を道乃丈は思い出す。

 言うに及ばず、そんな行為は生涯で一度の卒業式として、道乃丈の脳裏に鮮烈な思い出を刻み込んでくれた。

 記憶が蘇ってきて身体が火照ってしまうが、ちょっとした罪悪感も湧き上がってくる。居候の代金として抱かれたつもりだが、それは倫理的に正しいことではないし、なんならコレが表沙汰になれば夜見は犯罪者になりかねない。成人が未成年とヤるのはこちらの世界でもいけないことのはずだ。


(夜見さんに要らぬ枷を背負わせてしまったんだろうか……)


 そう考えると、申し訳ない気分になってくる。


「浮かない顔ね、どうかしたの?」


 問われたので、今考えていたことを素直に伝えてみた。

 すると夜見は、穏やかな表情で道乃丈を抱き締めてくれた。


「君は本当に優しいのね。それを脅しの材料にも出来るのに、するつもりがないんでしょう?」

「……もちろんです。夜見さんは恩人ですから」

「そんな性格だと、これまでに色んな女子を勘違いさせてきたんじゃない?」

「い、いや全然ですよ……童貞だったわけですし」

「それもそっか。じゃあこっからモテモテになるのかもね?」

「な、なりますかね……?」

「さあね。でも私としてはそうなって欲しくないなぁ。独り占めしたいから♡」

 

 そう言って夜見がちゅっとキスをしてきて、それから掛け布団をどかしながら道乃丈に跨がってきた。


「……っ、よ、夜見さん……?」

「ねえ道乃丈くん、朝の活力……貰ってもいいかしら?♡」


 蛇のような瞳が道乃丈を捉えてくる。

 どうやら夜見は旺盛らしい。

 断っても多分されそうだし、そもそも道乃丈的には断るつもりがない。

 だからこのあと、道乃丈は朝からちょっと疲れることになった。


   ※


「――じゃあ仕事行ってくるけど、そういえば道乃丈くんって学校は?」


 その後、シャワーを浴びてから道乃丈手製の朝食を食べてもらい、夜見の出勤時間がやってきた。

 パンツスーツ姿でパンプスを突っかけた夜見が、振り返りながらそう訊ねてくる。


「えっと、学校には行けないと言いますか……」


 先ほど通っている高校を検索してみたが、存在が消えていたのだ。

 やはり元の世界とは色々違うらしい。


「まぁ詮索はしないでおくわ。とりあえずウチに居てね? もし外に行きたくなった場合はこの合い鍵で戸締まりしておくように」

「ありがとうございます」

「それと、妹が帰ってきたら塩対応でいいから」

「え……妹?」

「実はこの部屋、妹も同居してるんだよね」

「あぁ……そうなんですか」

「うん。妹は大学生で、部活の合宿から今日帰ってくる予定なの。帰ってきたら塩対応でいいから。じゃ、そういうことで」


 そう言って夜見が仕事へと出掛けていった。


「妹さんかぁ……どういう人だろう」


 合宿ということは、運動部に入っている体育会系だろうか。

 気にはなるが、道乃丈はひとまず掃除でも始めることにした。

 居候なりにやれることをやっておくつもりだ。


「――わっ、ビビったぁ!」


 そんな掃除の途中のことだった。

 玄関の鍵が外側から勝手に開けられ、金髪ウルフカットのギャルがリビングに足を踏み入れてきたのである。道乃丈の存在に驚きを示している。


(あ……もしかしてこの人が)


 外の気候(7月であるらしい)に合わせて黒無地半袖Tシャツを肩まくりしており、下半身にはジャージ生地のハーフパンツを着用していた。左肩にはエナメル生地のスポーツバッグを掛けている。

 見るからになんらかの合宿帰りという出で立ち。

 間違いなく、彼女が夜見の妹なのだろう。


「だ、誰!? なんでおねえの部屋に男居んの!?」

「あ、えっと、はじめまして」


 道乃丈はぺこりと頭を下げた。


「伊勢川道乃丈って言います。僕はその……行く宛てがなくて夜見さんに拾っていただいた感じでして」


 夜見は『塩対応でいい』と言っていたが、本当にそうするわけにもいかない。

 きちんと事情を説明しておく。


「マ!? おねえってば幾ら社畜非モテOLって言っても、まさか男子を拾ってくるほど飢えていたとは」


 呆れたように呟きながら、彼女はスポーツバッグを床に置きつつ、


「名前なんだっけ? サダノジョー?」

「み、道乃丈です……」

「OK、じゃあ略してミチオね。アタシは潤葉うるは


 名乗りながら、潤葉は冷蔵庫から麦茶を取り出してコップに注いでいる。


「家出男子?」

「えっと……もうちょい複雑です」

「ふぅん、そっか。まぁなんでもいいけど、おねえに寄生してケツの毛まで毟ろうとしてる金食い虫じゃないよね?」

「え」


 どこか探るような眼差しを向けられる。


「いやさぁ、たまに聞くじゃんそういう話。男っていう稀少性をもってすれば女に取り入るなんてワケないっしょ? そんで同居したあとに口座の暗証番号とか調べてお金引き出したあとはトンズラ、っていう手口、やろうとしてない? おねえ脇甘いからすぐ騙されそうだし」

「そ、そんなことをしようとはしてないですっ」

「証明出来る?」

「そ、それは悪魔の証明になる気が……あ、でも、こうして夜見さんの居ない時間に僕が掃除をしているのは見ての通りです。寄生してやろう、なんて考えている浅ましいヤツがこんな振る舞いをすると思いますか?」

「まぁ確かにね」


 一理あると言わんばかりに潤葉は頷いていた。


「アタシが今日の何時頃に帰るかっていう詳細はおねえにも知らせてなかったし、つまりミチオも知れる余地はない。イコール、アタシの帰りに合わせてこういう良い子ちゃんの振る舞いをするのは無理。この掃除は紛れもなく善意、ってことになる」

「……信じてもらえました?」

「ま、信じたげる。疑ってごめんね」


 ふぅ良かった……、と道乃丈は胸を撫で下ろした。


「にしても、家事やってくれる清楚系男子とか最高じゃん。おねえってば良い子拾ってきたねぇ」


 じゅるり、と潤葉が舌舐めずりをしている。


「ねえ、おねえとヤったりした?」

「あ……えっと……」

「その感じはおねえを脱処女させたっぽいね? じゃあさ」

「な、なんですか?」

「アタシの処女も奪ってくんない?♡」

「えっ!? い、いや……処女は後生大事に守られた方が……」

「いやいや、処女なんか守ってても勲章にならんから」


(あぁそっか……元の世界の童貞と同じ価値感なのかもしれない)


「ね、いいでしょ? おねえとヤったならアタシともヤろっ?」

「で、でも会ったばっかりですし……」

「出会って5秒で合体するよりはまとも! まずはお風呂ね!」

「ちょ、ちょっと……!」


 こうして道乃丈は潤葉に手を繋がれ、脱衣所へと連行されてしまった。


「ほいっ、脱がせて♡」

「わ、分かりました……」


 ここで拒否して潤葉の機嫌を損ねさせる意味はない。

 若いオスが性欲に勝てないのと一緒で、貞操逆転世界の若い女性もある程度性欲に支配されているのかもしれない。

 だったらある意味では御しやすい。

 道乃丈としても別にイヤではないのだから役得と言える。

 

 そんなわけで、道乃丈は潤葉の黒無地Tシャツに手を伸ばし、脱がせにかかる。

 潤葉の身体から甘やかな匂いが漂ってくる中、それを完全に脱がすと紫のスポブラがあらわになった。

 しかしそれ以上に目を惹かれたのは――


「……腹筋、引き締まってますね」

 

 そう、潤葉の腹筋に目が行った。別にシックスパックとかではないが、うっすらと筋張っていて鍛えられているのが分かる。夜見がたぷっと肉感的だったのとは裏腹に、潤葉は完全なアスリート体型である。


「まぁスポーツやってるからコレくらいはね」

「なんの競技ですか?」

「野球。大学の硬式でプロ目指してやってる」

「へえ」


 この世界の情報を朝にちょこっと漁ってみたが、スポーツはやはり女子プロがメインの様子。

 元の世界だと「女子プロは男子中学生以下のレベル」とよく言われたりするが、こちらの世界だと性欲に比例してなのか女子の筋力が増しているようで、調べた限りでは女子プロ野球の平均球速は時速140キロであるらしい。最速は150を超えるとのこと。


「どこ守ってるんですか?」

「アタシは遊撃手ショート。一応スカウトの視察を受けるレベルではあるよ」

「すごいですね」


 どうやら潤葉は逸材のようだ。


「てなわけで、そんなアタシが更に飛躍出来るようにエネルギー供給してもらおうじゃん♡ そのためにまずはお風呂っ。ほら、早く下も脱がすっ」

「は、はい」


 そうしてハーフパンツを脱がすと、その下にはブラとお揃いのスポーティーな紫ショーツ。

 スレンダーに引き締まった潤葉の下着姿は道乃丈の高揚感を加速させてくれる。


「ねえ、アタシの身体って良い感じ?」

「と、とても好ましいかと……」

「へへ、ありがと♪ じゃあ下着も脱がせて?」


 かくして、道乃丈は潤葉を一糸まとわぬ姿にした。

 それから道乃丈自身も潤葉に脱がされ、浴室へ。


「うはー、男子とお風呂入ってる……これは自慢出来ちゃうヤツだ♡」


 身体を洗いっこしてから、狭いバスタブで潤葉に背中を押し付けられる形で入浴を始めている。潤葉がわざとらしくお尻でぐりぐり圧迫してくるので、道乃丈はもはや理性と欲望のせめぎ合いが凄いことになっていた。


「う、潤葉さん……」

「ん? もしかしてヤバい?」

「は、はい……」

「そっかぁ~。ならアタシも結構ヤバいし、もうここで――」


 アスリート女子の好奇心と性欲はバカにならない。

 道乃丈は経験者なのに、未経験の潤葉にリードされるかのように、


「――ヤっちゃうね♡」


 そんな言葉と同時に、激しく満たし合う時間が始まったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る