第10話 トンネルの手
その日、私とマナミはとある山中(さんちゅう)のトンネルに来ていた。地元民には”原のトンネル”と呼ばれる心霊スポット。セミの声さえ飲み込んでしまうほどの深い黒が続いている。「ほんとに行くの?」と言った言葉がトンネル内に木霊(こだま)する。
「うん、行く」とほろ酔いのマナミが答えた。マナミは私より1カ月より早くハタチになっていて、昨日が彼女の誕生日。だから、行きたいところを聞いたところ、ここに来たいとのことだった。「わかった」と車のエンジンを切ると、辺りの暗さが際立った。スマホのライトを点ける。
絶対に手を離さないことを約束して、トンネルに入った。地図で見る限り200mほど続いていて、その先は集落になっていたが今は誰も住んでいないらしい。
トンネル自体はかなり古くざらざらしている。
一歩一歩あゆみを進める。
有名な心霊スポットだが、雨上がりということもあり私たち以外に人はいないよう。
マナミの手を強く握る。私も怖いのが得意ではない。
鳥肌が立ち、呼吸が多くなる。
「マナミ、聞こえる?」
「うん」
さっきまで酔っていたマナミの声にも緊張感が混じってきた。
ふたりの声が反響した後、また静まり返った。
ぴちゃ……ぴちゃ……
トンネルの壁から水滴が落ちる。
スニーカーが水たまりを蹴る。
「マナミ? ねえ、マナミ?」
きゃ
背中に水滴が落ちてきて、びっくりする。
「さむい」
捲(まく)っていたパーカーの袖(そで)を伸ばして、フードを被った。進めば進むほど冷蔵庫の中のような冷たさに包まれた。
「マナミ、やっぱり戻らない?」
マナミに声をかけるが返事がない。ただ、足はどんどん前に進んでいく。彼女も怖くなって声が出なくなったのだろうか。途中、彼女が無言で私の手を離した。
「マナミ、手をつなぐ約束でしょ」
言うと、彼女はすぐにまた私の手を握った。私もそれを握り返す。彼女の手のひらは私と同じように冷え切っている。スマホのライトを彼女の顔に向けると、マナミは笑顔でピースをしてきた。彼女があまりにも頼もしくて、歩くペースを上げた。すると、
「ちょっと、待って」と弱音を吐いた。「もう少しだから頑張ろ」と手を引くと、渋々ついてきた。
「もっとゆっくり」
マナミが強めに引っ張る。私はそのまま歩く。
「腕がちぎれちゃう」
そんなに強く引っ張ってないって。急にマナミの手が軽くなる。
「置いて行かないで」
「置いて行かないで」
「いかないで、いかないで」
「逃がさないよ」
やがて、星空が近付いてきた。飛び出す様にトンネルをぬけて、近くの木に寄り掛かる。息が切れていた。大きく息をはいてから、マナミの姿を探した。彼女は近くでぺたん座りして泣いていた。
「マナミ、マナミしっかり」
マナミは座ったまま頭を垂れている。押さえていた右手を見せた。彼女の右腕は何者かに掴まれて青あざになっていた。
私はしゃがんで、両手でマナミの顔を掴んだ。彼女は泣いていた。
「大丈夫?」
彼女の耳にイヤホンが入っているのに気づき、それを外す。
「マナミ、しっかり。大丈夫?」
「私、ずっと右を掴まれてて、怖かった。腕がちぎれちゃいそうだった。助けてくれて、ありがと」
マナミは私の抱きつき、ボロボロに泣いた。胸の中の彼女をよしよししながら、あることに気づいた。
「いつからイヤホンしてたの?」
「入ってすぐくらい。声聞こえなくて、よけいに怖かった」
一瞬手を離したのは、イヤホンをするためだったようだ。
「そっか」とよしよしした。
じゃあ、私に話しかけてきたあの声は誰?
帰りにまた通らなくてならないトンネルの入り口を見つめた。
「逃がさないよ」
ホラーのショートショート集 優たろう @yuu0303
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