第4話 キョウタくんの跳び箱
これは僕が小学生の時の話――
僕が通っていた小学校にはある噂があった。キョウタくんの跳び箱。
僕が入学する少し前、キョウタくんという男の子がいた。キョウタくんが5年生の秋、クラスの子達が悪ふざけをしてキョウタくんを跳び箱の中に閉じ込めて、跳び箱の上から木の板を置いた。少ししたら開けるつもりだったが、開ける前に地震が起きて、体育の用具が崩れて跳び箱を塞いでしまった。数日後、発見されたときには、キョウタくんは跳び箱の中で亡くなっていたそうだ。
はじめて聞いたとき、「そんなこと、あるわけないじゃん」って笑った。あの日までは。
11月のあるクラブ活動の日だった。順番で片付けの当番が回ってきて、その日は僕が当番だった。体育館の用具室で、モップを並べていると、突然扉が閉じられ鍵をかけられてしまった。同じクラブのやつの悪ふざけで、すぐに開くだろうと気にしなかった。しかし、いくら待っても扉は開かない。それどころか、体育館の電気は消され、窓から差し込む夕日もすぐに夜の暗さになった。ようやく、これは悪ふざけじゃないことに気が付いた。
「たすけてー 誰かー!」
叫んでも、誰も返事がない。大通りから離れたところにある学校だったので、車の音も聞こえなくなり、夜の音に変わった。虫の泣き声が聞こえた。
月明かりが入ってきたが、月が細いせいではっきりと物を見ることはできない。
不意に、倉庫の奥から気配がした。
「誰かいるの?」
奥におかっぱ頭のシルエットが見えた。
「山田さん?」
山田さんは僕と一緒に今日の片付け当番だった。まさか一緒に閉じ込められているなんて。
彼女はこちらに気づき、頷いた。
「こっち来ない?」
しかし、彼女は首を横に振った。でも、一人じゃない安心感に満たされた。
どのくらいの時間、そうしていただろう。月を眺めていたら、うとうとしていたようで、何かが引きずられるような音がして目を覚ました。
何?
そちらを向く。そちらには跳び箱がいくつか並べられている。息をのんだ。いつの間にか隣に来ていた少女の緊張した気配を感じた。
あの中にいる――
キョウタくんの跳び箱の話にはまだ続きがある。
キョウタくんが死んだ跳び箱を処分しようとした先生はみんな大きな事故に遭ってしまうため誰にも処分できず、まだこの学校にあるとのことだった。
奥にあるのがその跳び箱だろう。
ざり…… ざり……
跳び箱が小刻みに震える音がする。音が止まる。
コンコン…… コンコン……
中から跳び箱を叩く音がする。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
正面を見たまま、隣にいる少女に声をかける。心臓の音が早くなる。
たすけて…… たすけて…… たすけて……
その言葉が数回した後、無音になった。息をゆっくりと吐く。
その時間が何秒にも、何分にも、何時間にも、すごく長く感じた。
しかし、跳び箱が開かれることはなかった。
次に目を覚ました時は、家のベッドの上だった。夜まで帰ってこない僕を心配して、両親が担任の先生の家に電話をし、体育館の用具室を開けてもらったとのことだった。
朝になるとすっかり元気になり、病院に行くのを勧められたが、そのまま学校へ行った。
昇降口で靴をしまっていると、山田が駆け寄ってくる。
「おはよう」
「おはよう」
挨拶の後すぐ、「昨日、クラブの片付け忘れてた」と山田は頭を下げた。
「なに言ってるの? 一緒に用具室で閉じ込められたじゃん」と言ったが、
「私、用具室には行ってないよ」
彼女は首を傾げた。
様子を見る限りは、嘘をついているようには見えなかった。ということは、
昨日、僕と同じ部屋にいた少女は誰?
去年まで、この学校には「山田さん」という女の子がもう一人いたことを思い出した。でも、その山田さんはもういない。
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