第8話 自己紹介

「さてと……」

 カバンを置いた朱羅が座ると、ハジメもその近くに座った。それを見て、女子生徒は何処に座れば良いのかと悩んでいると、朱羅が指差したところに座った。ぱっと表情が明るくなり、体育座りになる。

 3人は円を描くように座る形となった。

 にこにこ笑っている女子生徒に朱羅が言う。

「名前は?」

 ケンカを売るような言い方に、女子生徒が頬を掻いて「えーと」と声を零す。

「僕は、一唐ハジメです。よろしくお願いします」

 そう言って頭を下げると、「お前に言ってねーよ」と返ってくる。しかし頭を上げると朱羅は不可解そうな顔をしていた。

「そういえば、お前の名前知らなかったな」

「僕も先輩の名前知りませんよ」

 その返しに、朱羅が身を乗り出して睨んでくる。

「はぁ?あたしは昨日名前言ったろうが!聞いてなかったのかよ」

「え?いつですか?全然知らなかったです」

 首を傾げ思い出そうとしても、やはりハジメには心当たりがなかった。

 それを見て、朱羅は深い溜息を突いた。

 雰囲気が悪くなりそうになるのを察した女子生徒が慌てて口を開く。

「あ、じゃあ次はわたしということで……」

 居住まいを正し、ハジメと朱羅を交互に見る。

「3年4組の三谷由香です。よろしくお願い致します」

 うやうやしくお辞儀をし、三つ指を立てる仕草を見てハジメはおぉっと声を上げた。

「三谷先輩丁寧ですね」

 その言葉に照れた顔を浮かべる由佳だったが、ハジメは「ね、先輩」と朱羅の方を向いた時、朱羅が嫌悪な目で見ていることに気が付いた。その目には見覚えがあった。昨日タオルを踏みつけている時の目に似ていた。


 ハジメの視線に気が付いて、一瞬目が合うがすぐに逸らされる。何かあったか聞こうかと思ったが、朱羅が自己紹介を始めたので何も言えなかった。

「あたしは二条朱羅。まぁ、よろしく頼むわ」

 ぶっきらぼうな挨拶は由佳だけに向けられていた。由佳も「よろしくね」とにこやかな表情で答えている。その後もお互いになって呼んだらいい?とか、喋りやすい話し方でいいよーとか、ハジメを覗いた女子だけの世界が作られている。

 それを見て、1人だけスポットライトが当たっていないように思った。自分の居場所が無くなっていくような、そんな感覚に陥っていた。

 太った体が萎んでいくような気持になったとき、頭が叩かれ、顔を上げた。呆れる様な顔をした朱羅が2発目を打とうと構えているのが目に映った。


「しーちゃん。頭叩いたらダメだよ」

 止めに入る由佳の声は優しかった。

「いや、だって呼んだのに返事しないし。それにこいつ、頭を叩いて音を出すのも担当だから」

 そんな適当なことを言って笑う朱羅の言葉に、由佳が驚いてハジメを見た。その真偽を問う目にハジメは口元が緩んだ。

「嘘ですよ。ただ先輩が暴力的なだけです」

 その言葉を聞いて、由佳は安堵したように深く息を吐いた。今度は朱羅の方に目を向けて、もう暴力はダメだというようなことを注意をしている。まるでやんちゃな妹を注意するお姉さんのように、ハジメは感じていた。

「というか、しーちゃんって何ですか?」

 ハジメの声に、先に反応したのは朱羅だった。キッと睨みつけて敵意を向けてくるのを制するように、由佳が答えた。

「えーとね、最初は朱羅ちゃんって呼ぼうとしたんだけど、名前で呼ばれるのは好きじゃないから、しーちゃんって呼ぶことにしたの」

 由佳の後ろで、舌打ちの音が聞こえる。

「名前で呼ばれるのは嫌なのに、しーちゃんはいいんすか?」

 しーちゃんと言うときに、思わず笑いだしそうになってしまう。なんとか堪えたつもりだったが、朱羅には見破られていた。由佳が間に入らなかったら、今度こそ締め落されていたかもしれなかった。


 由佳の提案で、円を描いて座っていた並びが変わった。

 ハジメと朱羅が向き合い、由佳が仲介役のような位置にいる。

 二人が取っ組み合ったりしないようにと由佳が言い出したことだった。朱羅が「あれは冗談だから」と話していたが、最終的には特に反論も無く、大人しく由佳の指示に従った。

 冗談の強さじゃないだろとハジメは横目で見ていたが、口に出すことはしなかった。

 朱羅はあぐらをかいて膝に肘を乗せた殿様スタイルで、ハジメはいつものように正座で、由佳は部屋の隅にあった埃っぽい座布団の上に座っている。

「えーと、じゃあ、改めてよろしくね」

 由佳の言葉にハジメが返そうとしたとき、朱羅が「待てよ」と言った。

 朱羅に視線が集まる。

「まだ入れるとは言ってないぜ」

 由佳の口から、えっ?と声が漏れる。ハジメも同じであった。すでに由佳はこのメンバーの一人だと信じて疑わなかった。それに先程由佳の手を握って、今日から仲間ですと宣言してしまっている。

「何でお前まで驚いてるんだよ」

 朱羅の視線がハジメに移る。

「だって、一緒にやりたいと言ってくれる人なんですよ。もう仲間でいいじゃないですか」

 力説するハジメに「あのさぁ」と声が飛ぶ。

「お前体を使った音楽がやりたいんだよな?」

「そうですよ」

「じゃあ、誰でも良いという訳にはいかないだろ」

 告げられる言葉の意味に、ハジメはハッとした。

「あたしを勧誘したときのことを思い出してみろよ。お前が探していたヤツと違っていたら、あたしを誘ってなかっただろ。お前の望む音楽が出来ると思ったから、お前はあたしを誘ったんだ。それを忘れてんじゃねぇよ」

 そこまで言い切って、ちらりと自分の胸を見た。

「まぁ、あたしもまだ未完成ではあるけどな」

 それ以上は何も言わなかった。この場にいる誰もが、自分がここにいる理由を思い出していた。

 

 体を使って音楽をするというのが、二人が出会った原因であった。ハジメの腹太鼓に対して、朱羅が胸クラッカーの可能性を追求していく。

 そうして一つの音が組み合わさって、一つの音楽を目指している。

 家で最初に見たパルクールの動画。胸が鳴るのを聞いた後、思い描いた音楽を奏でるステージ。その為に、昨日という時間を費やしていた。

 つまりこのメンバーに加わるということは、体を使って音楽を作れるかということになる。それが出来ないのであれば、仲間としては認められない。朱羅はそう言いたいのだとハジメは推測した。

 

 この場で唯一理解出来ていない由佳は困惑の表情を浮かべている。ハジメを見る目には、助けを求める様な悲壮な色が浮かんでいる。

 朱羅は明後日の方向を見ている。この先の役割を、ハジメに受け継いでいた。

 ハジメがわざとらしく咳をすると、女子二人の視線がハジメに集中する。

「……三谷先輩」

 大きく開かれた由佳の目を見る。

「自己紹介の続きとして、体を使って音が出せますか?出来るだけ派手な奴をお願いします。」





 

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