第2話 仲間を求めて

 次の日、教室にカバンを置くとすぐに、ハジメは教室を出た。体で音を奏でる同志を探す為である。

 昨日見たパルクールの映像は、スマホでも視聴することが出来た。動画投稿サイトに流れる女性の胸と、すれ違う女子の胸を見比べながら廊下を歩く。 

 1年生の教室は早々に諦め、階段を上る。2階、3階と飛ばして、3年生の教室がある4階に向かう。廊下にも生徒はいるが、目当てとなる女子は見つからない。教室を覗いてみようかと思った時、階段を上ってくる女子生徒に目が入った。ワイシャツの上にブレザーを重ね、胸元には青いリボンが付いている。

 青いリボンは3年生を表していて、2年生は緑、1年生は赤である。男子は同じ色のネクタイをしている。 

 階段の昇降運動によって上下する胸に、ハジメは可能性を見出していた。

 これならいけるかもしれないと、急に力が湧いてくるのを感じた。

 教室に入ろうとした所で声を掛ける。

「すいません。少しよろしいでしょうか」

 女子生徒はいきなり声を掛けられたことで足を止め、ハジメを見た。少し茶色掛かった髪は柔らかく巻かれていて、肩から胸へと下りている。息をするたびに、胸元が上下する。

「な、なに……」

 大きな目に不安が宿る。警戒するように手に持っていたカバンを胸に寄せるのを見て、ハジメは満足そうに頷いた。

「実は僕、昨日音楽を始めたんですが、一緒にやりませんか?」

 女子の目をまっすぐに見つめる。不安に揺れていた瞳は、たちまち不審者を見る目に変わっていく。

 女子生徒は苦笑いを浮かべると、いやいや、と小さく声を漏らす。

「ごめんね。私部活やってるから……」

 そう言って逃げる女子に手を伸ばすが、さっさと教室に入ってしまった。

 残念だが、仕方がない。また探そうと意気込み、階段の脇にあるスペースに待機した。下を覗き込むと、4階に向かってくる生徒の姿がある。

 昇ってくる生徒を確認しながら、何が悪かったのだろうかと、ハジメは先程のやり取りを思い返していた。

 いきなり声を掛けたのは仕方がない。言葉も選んだつもりだ。それに対して返事をしてくれたから、こちらの話を聞く意思もあったはずだ。

 問題はその後の勧誘の言葉だと思った。音楽を始めたから一緒にやろうという言葉を、改めて吟味してみる。

 音楽といっても、様々だ。もしかしたら歌を歌うと思ったのかもしれない。苦手なことだったら、敬遠するのも無理はないと思った。演奏にしても、どの楽器なのかで変わってくる。そのあたりの部分をもう少し分かりやすくしようと、ハジメは反省した。

 少し考え、よし、とハジメは結論を出した。


「昨日やった腹太鼓を実演しよう。それを見れば、共感してくれる人が出てくるかもしれない」


 その後、2年生、3年生の一部生徒から「1年生が制服を脱ぎ、自分の腹を叩きながら女子の胸を見ている」と生徒指導の先生に連絡が入った為、ハジメは生徒指導室へと連れていかれたのであった。


 生徒指導室で今朝の行動を説明するときの担当教師は、終始不思議な表情を浮かべていた。音楽をやりたいという気持ちは理解してくれたが、胸を使って音を出せる人を探しているという言葉には、呆れを通り越して笑っていた。

 最後には「高校生という新しい環境で疲れていたんだろう」ということで親には連絡をしなかったが、その代わりに反省文を書くよう原稿用紙を3枚渡された。

 休み時間の大半をそれにつぎ込むことになった為、勧誘する時間は全く取れなかった。生徒指導室でそれを提出したときには、すでに放課後になっていた。


 生徒指導室は1階の東側にあり、廊下に生徒の姿は無い。近くの教室は物置になっていて、一般の生徒が好んで来ることは無かった。

 ハジメは小さく溜息を突いた。今朝の出来事はほとんどの生徒に知れ渡ったはずだった。にも関らず、休み時間に声を掛けられることは無く、生徒指導室の前で待っている生徒もいない。それがハジメには寂しく感じられた。

 遠くから生徒の話し声が聞こえてくる。ここからまっすぐ西側に向かうと、真ん中あたりに昇降口がある。そこにはカバンを持って下校する生徒や、制服を着替えて部活に向かう生徒が出入りしている。

 その場にいても仕方がないと、ハジメもそこへ向かう。玄関から温かい日差しが入り込んでいて、廊下を金色に染め上げている。

 ハジメが廊下を歩いていると、どこからともなく視線を感じた。首だけ動かすと、数人の男子グループが奇異な目でこちらを見ているのに気が付いた。

 こちらが見ていることに相手も気が付くと、慌てて背中を向けてガヤガヤと外に出ていった。

 彼らを見届けて、ハジメはゆっくりと歩き出す。

 やはり勧誘の仕方を考えなければいけないと思った。自分と同じ気持ちでいる生徒はまだ見つかっていないだけ。話せばきっと分かってくれるはずだと信じて疑わなかった。

 だがそれと同時に、これ以上話が大きくなるのも良くないと思った。ハジメが提案する音楽はかなり大胆な部類に入る。その為、本当はやりたいけれど周りの目が気になってしまうという恥ずかしがり屋な生徒もいると考えた。

 今朝の女子生徒は部活動を理由に断ったのかもしれない。けれど本当は一緒にやりたかったのではないか。教室の近くだったから、他の生徒に気取られるのを嫌がったのかもしれない。

 と、そこまで考えて、さすがに都合が良すぎるかとハジメは頭を振った。

 だがハジメとしては、部活をやっていようがアルバイトをしていようが何でもよかった。一緒に音楽が出来るなら、自分はどの時間でも合わせられる。


 その時、どこかから音楽が聞こえてきた。よく聞くと、それは廊下の先から届いていた。

 まっすぐ行くと体育館がある。しかし大きな声やボールの叩き付けられる音が聞こえるだけで、目的の音はそこからではなかった。

 廊下は体育館の入り口から左へ続いていた。通路は窓が無く薄暗かったが、音の正体に近づいていた。その方向へ歩いて行くと、ドアの下から光が漏れているのが分かった。音がはっきりと聞こえてくる。


 ハジメはドアノブに手を掛けると、ゆっくりと回した。

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