第6話


 「ほんなら、行ってくるわ」



 朝の支度を終え、彼はバイト先の制服に着替えた。


 相変わらず、トーストを焼くのが下手だ。


 口に咥えたパンの表面がカピカピだ。


 寝癖はついたままだし。



 「じゃ、今日の7時ね」


 「おう」



 今日の夜7時に、天満川で祭りがある。


 七夕の夜に、人々の願いを託した光の玉「いのり星」を、天の川伝説にゆかりの深い天満川に放流し、「天の川」を創造するイベント。


 去年のこの日にも、彼と一緒に祭りに行った。


 元々行くつもりはなかった。


 祭りがあることも知らなかったし、彼は彼で、友達と遊ぶ約束をしていた。


 夜が近づいていく街の下で、青白い空模様が、白い輪郭の月を追いかけていた。


 何を話せばいいかもわからなかった。


 どんな顔で、彼を見ればいいのか。


 どんな言葉をかければいいのか。



 難しくはなかったんだ。


 それはきっと、簡単なことだった。


 気恥ずかしそうに微笑む彼の横で、ただ、ありのままの自分を見せればよかった。


 「ただいま」って言えばよかった。


 あの日の天満川には、数えきれないほどの無数の光が、空に流れる星々のように光り輝いていた。


 ネオンの中へ沈む雑踏が、誰かの足音を掻き消すほどに速く、——遠く、街の底を揺り動かしていた。


 微かに残る夕陽のため息のような光線が、赤い縞模様をうっすらと伸ばして。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る