第5話



 彼は知ってるだろうか?


 私がもうこの世界にはいないんだということを。


 彼と出会った1年前から、世界が止まっているんだということを。



 「キスしてええ?」


 「だめ」


 「なんで?」


 「時間ないじゃん」


 「キスするだけやし」


 「嘘ばっかり」


 「嘘つきはお前やん」


 「は?」


 「昨日10時には帰ってくる言うて、帰ってこんかったやん」


 「それは…」



 彼に内緒にしていることがある。


 話そうか話すまいか、ずっと悩んでた。


 でも、話したところで、この秘密が歩ける場所がないことも知っていた。


 私はただ、彼と一緒にいたかった。


 何気ない時間を過ごしていたかった。


 それは「彼女」の願いでもあった。


 私の体の中にいる、「石神未玖」という、——少女の。



 影の外に出なきゃいけない。


 閉じ込められた時間の外に、出なきゃいけない。


 彼に話したくても、話せないことがある。


 何かを隠すつもりはないんだ。


 いっそ洗いざらい全部話して、胸のうちにあるすべてのことを打ち明けてもいいと思ってた。



 …でも、もう時間がないんだ。


 影が迫ってるんだ。


 せめて今だけは、彼と触れ合っていてもいいかもしれない。


 目を閉じていてもいいかもしれない。


 不意にそう思う自分もいた。


 まるで夢みたいな、無くしたはずの日常の前で。

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