第7話 六花荘へ

[東京]


迅からの電話を切った俺は、堀田さんに事の次第を報告した。

「血痕が付いた金庫か。とにかく現地に向かおう。」

俺と堀田さん、そして鑑識数人は六花荘に向かった。

「堀田さん。その常田って男が犯人だと思いますか?」

俺のその問いに

「岸。俺にはどうもあの太田の息子が怪しくて仕方ないんだ。ただ、凶器らしきものを持っていた人間がいるってことは、その人物が第一容疑者になるだろうな。」

堀田さんはそう答えた。

迅が言うには、人を殺すようなそんな印象を受けなかったといっていた。

先入観は捜査の障害になるから、基本持たないようにはしているが、それを度外視しても、迅の人物を見る目を俺は信用している。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

[六花荘]


僕らは一旦六花荘に戻り、警察を待つことにした。

常田家族は逃げる気も亡くなったらしく、しおらしくしている。

僕らが六花荘に戻った時、実はひと悶着があった。


一応、常田はおかしなことをしないようにと持っていたロープで手をくくっていた。その姿を見た舞ちゃんが、僕たちに体当たりをして常田のロープを外そうとしたのだ。

その時、常田が、

「舞ちゃん。いいんだ。オレが悪いんだから。ありがとう、ごめんね。」

と優しく声をかけて舞ちゃんを抱きしめた。


舞ちゃんはやっぱり常田の子供なのか?岸くんの見解が間違っているのかな。と思うぐらい本当の親子に見えた。


常田の奥さんは少し憔悴した様子でその様子を見ていたが、舞ちゃんが泣きながら奥さんのほうに行くと、

「舞ちゃん。ありがとう。ごめんね。ありがとう。」

そう繰り返して舞ちゃんをぎゅっと抱きしめた。


この夫婦にはいったいどんなことが今回起こったのだろうか。何か複雑な事情があるように思える。

この人たちが、人を殺すなんて思えない。

何があったのだろうか。


1時間半ぐらいして岸くんと堀田さんが六花荘に到着した。

到着すぐに鑑識さんたちに金庫の捜索を指示してその捜索している間に食堂で常田に事情聴取が始まった。

子供たちは雪さんと別の部屋で待っててもらうことにした。

だが、舞ちゃんだけは常田夫婦の傍を離れたくないらしく、一緒に事情聴取を受けることになった。

----------------------------------------------------------------------------------

「常田さん。事件の日の事をお話していただけますか?」

俺は常田の正面に座って聞いた。

「どうせわかることなので、正直にお話します。俺たちは…俺とそこにいる妻、雅恵は実は詐欺師です。太田さんの家には確かに介護職員として出入りしていましたが、本当は太田さんの資産が目的でした。俺たちは数か月前から太田家に出入りしていました。そして、あの金庫にかなりの資産が保管されているとわかったんです。でも、金庫は太田さんが家の奥に片づけていてどこにあるかわからなくて。

太田のおばあちゃんをうまくだましてその資産を戴こうと画策していた矢先の事だったんです。

あの日、いつものように太田さんの家に行ったんです。でもあの日はいつもと何か様子がおかしくて。普段太田さんからは電話がかかってくることはないんですが、その日は早く来てほしいと電話がかかってきて。でも、どうしても時間が都合できなくていつもの時間と同じぐらいになってしまった。

家についた時、さっきも言った通り争うような声が聞こえて、何事かと思ったんです。太田家は玄関の横が和室になっているんですが、その和室から金庫が飛んできたんです。俺らはびっくりしました。まさか金庫が飛んでくるなんて思ってなかった。

そして、こんな幸運なことってあるのかと思いました。狙っていた金庫が目の前に飛んできた。運がこっちに舞い込んできたって思った。

金庫を抱えて俺たちはその場から逃げたのです。」

常田はそこで言葉を切った。

「本当に人を殺してはいないんですね。」

「はい、詐欺師のいう事なんて信じてもらえないでしょうが、俺たちは殺してなんかいません。…でも信じてもらうには難しいですよね。」

そう言って常田はうなだれている。

「では、そこにいる女の子はあなたたちの子供ですか?」

それまで黙ってた常田の妻、雅恵さんが口を開いた。

「私達夫婦には娘がいました。舞と言います。でも、2歳の時に事故でなくなりました。私が少し目を離したすきに、舞がいなくなってしまって。

そして、舞が見つかったのは側溝の中でした。たぶん、足を踏み外して落ちてしまったんでしょう。見つかった時にはもうすでに息をしていませんでした。

そして、先日太田さんの家に言ったあの事件の日。この子が私たちの車に乗り込んでいたんです。はじめ私たちは気づかなかった。慌てて太田さんの家から出発したから。

この子、車の中でぐっすり眠っていたんですね。しばらく走っていたところで目が覚めたらしくしくしくと泣き出して、きっとびっくりしたんでしょうね。私たちも驚きました。」

舞ちゃんをぎゅっと抱きしめて、愛おしそうに頭を撫でながら話す雅恵さんは本当の母親のように思った。

「気づいたのがもう、かなり走った後でした。戻るわけにもいかず、私たちはこの子を連れて逃げてきたんです。

この子が声が出せない事にはすぐに気づきました。名前を聞いても首を振るばかりで、声を出そうとしているのに出ない感じで。

何か心に深い悲しみを抱えているのかなって、思いました。

もし、舞が生きていたらこれぐらいの歳の子供なんだって思ったら、つい舞って呼びたくて。」

「じゃぁ本当の名前は知らないんですね。」

「えぇ、この子が誰でどこの子かも知らないんです。ただ、太田さんの家の近くでよく見かける子で、近くの子なんだと思ってました。」

話をしている間、舞ちゃんは雅恵さんにずっと抱き着いて泣いている。

きっと、舞ちゃんなりに事の事態を把握して常田夫婦との別れを予感しているんじゃないだろうか。

「この子、たぶん親に虐待されてきたんだと思います。体には無数の痣や傷跡がありますし、言葉が話せないのも。

舞が戻ってきたみたいで、私たちこの子がかわいくて。この数日、この子のおかげで本当の親子の様な家族の様な気持ちで過ごせたんです。

舞ちゃんに色んな服を買ってあげて、それがうれしくて幸せで。

舞ちゃん。ありがとう。」

最後は声にならず雅恵さんは舞ちゃんを抱きしめて言った。


「そうですか。わかりました。あなた達が舞ちゃんと呼んでいるその子は殺された杉田の娘です。事件後、行方が分からなくなっていて探していました。夏菜ちゃん、そうだよね。」

俺は、夏菜ちゃんに向かってそう言った。

夏菜ちゃんは、雅恵さんに抱き着いて俺の視線から目をそらした。


その時、鑑識が六花荘に戻ってた。

「金庫あったぞ。ご丁寧にビニール袋に入れてくれてたおかげで、しっかり指紋も血痕も残っている。で、血痕に残ったこの指紋。息子の指紋と一致したぞ。あの息子。数年前から実家には帰ってなかったんじゃなかったか?ここに指紋があるってことは、事件当日に現場にいたことになるんだけどな。」

鑑識の林が得意げに言った。

「なるほど。息子の孝一をもう一度洗いなおす必要があるな。」

堀田さんが、ニヒルに笑って言った。この人がこんな表情をするときは、自分の推理が証拠に裏付けされて、ほくそ笑んでる顔だ。


「岸くん。この後常田さんたちはどうなるの?」

迅が聞いてきた。

「うん、まだはっきりしたことは言えない。金庫を窃盗した罪と夏菜ちゃんの件はきっちり調べさせてもらうよ。

まだ殺人の容疑も完全に晴れているわけではないから、それもこれから調べさせてもらう。」

「そっか、夏菜ちゃんだっけ?はどうなるの?」

「夏菜ちゃんのおばあちゃんがたぶん引き取ることになるとおもうけどな。

夏菜ちゃん、おばあちゃんがすごく心配していたよ。」

夏菜ちゃんはまだずっと雅恵さんの腕にしがみついている。



---------------------------------------------------------------------------------

警察と常田家族が東京へ出発して、残された僕たちは心のどこかにとげが刺さったような気持ちでいた。


「夏菜ちゃん、常田さんと一緒にいてお父さんとお母さんに甘えてるみたいだったんだろうな。それがすごく嬉しかったんじゃないかな。本当のお父さんには甘えさせてもらえなかったのかな。」

奏ちゃんが言うと、

「舞ちゃんって、夏菜ちゃんって名前だったんだね。

もうすこし話しかけてあげればよかったかな。」

桜ちゃんが言った。


「でも、健太君とか花火に誘ったり、話しかけたりしてたから、たぶん嬉しかったんじゃないかな。車に乗るとき、夏菜ちゃんみんなに手を振ってたじゃん。きっと夏菜ちゃんもみんなと話をしたかったのかもしれないね。ただ、声が出ないし、恥ずかしかったんだよ。」

「迅兄ちゃん。そうだよね。そうだといいな。」

「きっとそうだよ。そしてきっと夏菜ちゃんもこれから幸せになれるよ。」

紫音がみんなにそして自分に言い聞かすように言った。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る