第5話 行方不明の女の子
周辺住民に聞き込みをして得られた情報は、太田時江という人物は、あまり近所付き合いのない人物だったこと。
そして、そんな太田家に出入りしていた人物が、夏菜ちゃんという女の子だった。その子はこの近くに父親と一緒に住んでいるというが、いつも一人で遊んでいて、挨拶しても声をかけても、聞こえているはずなのに返事が返ってこない変な子だとの評判だった。その夏菜ちゃんはなぜか太田時江に懐いていて、よく太田家に上がり込んで遊んでいたらしい。
だが、ここ数日その夏菜ちゃんも姿を見せてなくて、近所の人も気にしているそぶりを見せていた。
その夏菜ちゃんの父親が、ご遺体の特徴とよく類似しており、その夏菜ちゃんの家を捜索することにした。
近所の住民に教えてもらった夏菜ちゃんの家は太田家から徒歩で10分ほどのところにある古いアパートの一階だった。 大家さんに話を聞いた。
「そういえばここ数日は見かけなかったな。家賃は滞納するし、子供はほったらかしだし。ゴミ出しなんかのルールは守らないし、困った住人なんだよ。あ、でもこの前滞納していた家賃をまとめて5か月分払ってくれたな。」
ここの住民はあまり素行のいい人物ではなかったらしい。
大家さんの立ち合いの元、中を確かめると、部屋はかなり散らかっており、炊事などはほとんどしないのであろうか、コンビニの弁当の残骸などが乱雑に置かれてある。
そんな中、ダイニングのテーブルの上に免許証があり、その免許証の写真は正にご遺体のその人だった。
「堀田さん、やっぱりここの住民ですね。名前は杉田敦。32歳。鑑識を呼びましょう。」
「そうだな。あと、子供の形跡はあるけど、写真のようなものがないな。
とりあえず、鑑識に調べてもらおう。」
鑑識を呼んで、杉田の部屋を調べてもらったが、やはり夏菜ちゃんの写真などは出てこなかった。親子なのにどういうことなのだろうか。
杉田の方は、色々解った。
杉田敦、32歳。無職。数年前に妻の杉田芳江を事故で亡くしている。
その芳江との間の子供が夏菜ちゃんなのだろう。
「岸。この杉田ってやつ、たぶんあまりいい奴じゃないな。」
同期の林がオレに言った。
「見てくれ。この箱の中に入ってる写真や書類。たぶん脅しの材料だろう。写真なんかのネタで、恐喝をして日銭を稼いでいたようだな。」
「恨みを持つ人間も多いってわけだ。」
堀田さんが引き出しの中を調べている。
「岸。ちょっとこれ見てくれ。」
堀田さんが差し出したのは銀行の預金通帳だった。
「一か月前と、二週間前に100万の入金がある。しかも、両方同じ支店からだ。この金の出どころと理由が知りたいな。…この日の防犯カメラを確認したら、何かわかるかもしれないな。」
「そうですね。手配しましょう。」
杉田の部屋の家宅捜索では杉田に関する情報は色々手に入ったが、夏菜ちゃんの情報はあまり出てこなかった。
殺害されたのは杉田なので、杉田の情報が手に入るのは有意義なことなのだが、オレ的には夏菜ちゃんの行方もすごく気になるところで…
一度、オレと堀田さんは署に戻った。
捜査本部が立ち上がり、事件の概要が発表された。
「被害者、杉田敦。32歳。後頭部を鈍器で殴打され殺害。司法解剖の結果、発見時、すでに死後2日経過、2日前の16時から20時にかけて殺害されたと推定される。殺害現場はおそらく太田時江の自宅、和室であろうと思われる。殺害後、太田時江の金庫が無くなっている。形状から凶器はその金庫ではないかと推測される。あと、杉田の履物は太田家の庭の奥から発見された。
それから、杉田の一人娘である夏菜ちゃんがいまだに発見されていない。そちらも捜索をお願いしたい。もしかすると、加害者に連れ去られた可能性もある。慎重に捜査を進めてもらいたい。
この後、記者発表を行い事件の概要を公表する。」
会議の進行役の一課長が概要を述べた。
オレは手を挙げて発言する。
「杉田は、恐喝を行っていたようです。怨恨の線も視野に入れて捜査を行っていただきたい。
あと、杉田の銀行預金の入金に不審な点があり、今その支店の防犯カメラを手配しております。そちらの映像から何かわかるかもしれません。」
「怨恨か。杉田の交友関係を洗ってくれ。…ほかに何かないか?
殺害現場の太田時江とその息子の取り調べはどうなっている?」
「はい、太田時江の取り調べはケアワーカー同席で行っていますが、いかんせん記憶にも証言にもあやふやなことばかりで、一向に的を得ない状況です。息子に関しては、事件当時のアリバイも確認が取れています。容疑者には該当しないかと思われます。」
同僚の女性刑事が発言した。
「鑑識の林です。先程杉田の部屋から押収した証拠の中に、恐喝に使われたであろう写真や書類が出てきました。その中に太田時江の息子の写真も出てきました。容疑者から外すのは時期尚早かと。」
「なに?わかった。太田の息子はとりあえず容疑者として取り調べを続けよう。では、みんな一刻も早い解決を。解散。」
その後、事件の記者発表が行われ事件の概要が公表された。
オレと堀田さんは、銀行の防犯カメラをチェックした。
例の預金通帳の記録にあった日付の防犯カメラに写っているのは、帽子をかぶりサングラスをした男性だった。
背格好から40代ぐらいの小柄な男性だった。
これだけの情報では、この男性を特定するのは難しい。
振込元の名前も電話番号も調べたが、名前は偽名だし電話番号はでたらめだった。
あまり大きな成果は得られなかった。
夕方のニュースでは、杉田の事件と概要が報道された。
お昼のニュースでも第一報が報じられていたが、詳しい情報は今回が初めて報道されたはずだ。これで、夏菜ちゃんの情報も提供されればありがたいと思う。夏菜ちゃんは何処に行ったのだろうか。
翌日、ある来客があった。
その客は、杉田の妻の母親という女性だった。
「刑事さん。孫は、夏菜ちゃんは、夏菜はどうしてますか?」
とても、憔悴しきった表情で、オレと堀田さんが部屋に入るなり、開口一番、そう言った。
「お母さん。夏菜ちゃんの行方はまだわかりません。私たちも鋭意捜索中なんですが、何せ何も情報がなくて…。
夏菜ちゃんの情報をお教えいただければ助かります。」
オレは頭を下げた。するとその女性が話し出した。
「杉田は私の娘と結婚しました。
結婚当初はそれは仲のいい夫婦だったんです。でも、夏菜が生まれたころから、杉田の態度が変わっていったようなんです。
暴力を振るうし、仕事はしないし。本当にくずな男だったんです。
ある日、娘は家の部屋で転んで頭を打ったんです。それは事故で片付けられました。でも私は絶対あの男が暴力を振るって殺したんだと思ってます。
娘の死後、あの男は杉田は、私の目の届くところからいなくなりました。
夏菜の事を引き取って私が育てようとしていたのに、あの男は夏菜を連れてどこかへ行ってしまったのです。ずっと探していたんですが、見つからなくて、テレビのニュースを見て驚きました。杉田が殺されたと知って、慌てて今日こちらに来たんです。夏菜が行方不明ってどういうことですか。早く探してください。あの子。とっても可愛そうなんです。一人でどうしているのか…お願いします。」
その女性は涙を流してオレたちに訴えた。
この女性の話が本当だとすると、もしかしたら加害者と一緒にいることにもなりかねない。
「夏菜ちゃんの特徴を教えてください。写真などがあれば助かります。なにせ、杉田の部屋には一枚も夏菜ちゃんの写真がなくて。」
堀田さんが女性にいった。
「そうなんですね。あの人、杉田は父親らしいことしてなかったんでしょうか?娘が生きていた時も父親らしい父親ではなかったですが…
夏菜は、娘…母親が亡くなった後、声が出なくなったんです。お医者さんにも連れて行ったんです。たぶん精神的なものじゃないかと言われてて、母親が亡くなったことがショックだったんじゃないかって。
あと、たぶん古くなった犬のぬいぐるみをいつも抱いていると思います。この写真にも写っていると思うんですけど。」
そういって、女性は小さい女の子の写真を取り出した。
その写真には若い女性に抱っこされた小さな女の子がいぬのぬいぐるみを抱いて写っている。
「この写真は娘が亡くなる数か月前に撮った写真で、夏菜は4歳です。ちょうど一年前ぐらいです。今は夏菜は5歳になるはずです。」
「この写真、コピーさせていただいてもよろしいですか?」
オレは聞いた。
「はい、どうぞよろしくお願いします。夏菜をどうか見つけてください。お願いします。」
その女性は深く深く頭を下げて帰っていった。
「夏菜ちゃんは連れ去られたと考えたほうが自然だな。この誘拐犯が殺人の犯人…というのも不自然な気がするが。生きていてくれるといいんだが。
とにかく、夏菜ちゃんの行方を探すのが先決かもしれないな。」
堀田さんが言った。
「そうですね。殺人現場を見てしまって、口封じに殺されたなんてことになってないといいんですが。夏菜ちゃんの写真を公表して、情報提供を求めましょう。」
「いや、待て。もし殺人犯と夏菜ちゃんが一緒にいてまだ生きているとしたら、夏菜ちゃんの命が危ないかもしれない。
夏菜ちゃんの写真を公表するのは少し待ったほうがいいかもしれないな。」
「じゃぁ、各署に手配はかけておきます。」
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