第3話 不可解な遺体

「岸,お前有給だったのに、呼び出されたか。ご愁傷様。」

「本当ですよ。久しぶりの休暇だったのに、事件で呼び出されるなんて」

「あいつらはお前放って行ったのか?旅行だったんだろ?」

「ええ、さっきLINEで長野に着いたって写真送ってきましたよ。」

「そうか、それは切ないな。」


オレは今、今朝発見された男性の不審遺体の捜査で現場に向かっている。

もう1人は相棒でオレの先輩の堀田さん。叩き上げのベテラン刑事だ。

オレ達は警視庁捜査一課の刑事だ。


本当なら今頃オレは長野で休暇を楽しんでいるはずだった。

友人の紫音と迅と3人で、この冬にお世話になった六花荘に行くはずだったのだ。

なのに、今朝民家で発見された遺体が事件性があるという事で呼び出されてしまった。


現場は民家だ。現着した時にはもうかなりの騒ぎになっていた。

「ちょっとすいませんよー」

堀田さんが人だかりをかき分けてバリケードを超えて行く。オレもその後に続いた。

中に入ると、むっとするような腐敗臭が鼻につく。ハンカチで鼻を抑える。それでも、一度嗅いでしまうとしばらくはこの匂いはなかなか離れない。

「お疲れ!」と同期の林が声をかけてきた。彼はオレと同期で今は鑑識にいる。

「休暇返上だってな」

そう言って肩をポンと叩いてくる。

「ああ、事件起きちゃったらな。で、ご遺体は?」

「ご遺体はそこだ。かなり酷いぞ。この数日ジメジメして暑かったからな。死後数日たってる。」

堀田さんとオレはご遺体に手を合わせる。

ご遺体は既にビニールシートをかけられ、あとは運び出されるのを待つだけだった。

「ご遺体の身元は不明。身元を示すものは何も所持していなかった。」

オレはブルーシートを捲ってご遺体を見てみる。うつ伏せに寝た男性がそこにいた。後頭部に殴られたような跡があり、殴られて倒れたまま亡くなったようだ。すでに腐敗が進んでいる。年齢は30代前半というところか。

服装は半袖Tシャツに少しよれよれのスエット。

この近所に住んでいる男性だろうか。

「ご遺体は身元不明。身元を示すものは何も所持してなかった。30代前半だな。死後数日は経過している。死亡推定時刻は解剖を待ってくれ。死因は後頭部を鈍器で殴打されたんだろうな。凶器は見つかってない。第一発見者はこの家に住むお婆さんの息子さん。数年ぶりに帰ってきたら遺体を発見したんだって。

おかしいんだけどな、この男が履いてきたであろう履物が見当たらないんだよ。ここの住民とその息子さんは隣の部屋で待機してもらってる。」

林が口早に説明をした。

「あ、あと、ここの住民のお婆さん。たぶん認知症だな。言ってることがかなりおかしい。そもそも、数日間このご遺体と暮らしてる時点で尋常じゃないよな。」

「林の見立てだと、殺害されたのはこの場所だと思うか?」

オレは林に聞いてみた。

「それはこれから現場を見てみないとわからないけど、これだけ匂いも沁みついてるし、下の畳にもご遺体の染みがかなり沁み込んでることを考えると、亡くなったすぐ後からここにご遺体がいたってことは今の時点でも断言できるかな。」

「そうか、ありがと。遺体を運び出してくれ。」

オレは待っていた鑑識に指示をした。


「よし、そのお婆さんと息子ってのに話を聴こうか。」

堀田さんは立ち上がって言った。

オレもその後に続いて隣の部屋に向かった。

「大変な時に申し訳ございません。少しお話を伺いますね。」

部屋には同僚の女性刑事と後輩の刑事、あとこの家の住民の太田時江とその息子の太田孝一が座っていた。

太田時江はどこか遠くを見るようなうつろな目で中空を見ている。

孝一はどことなく落ち着きがなく、少しイライラしているような様子だ。

「太田さん。遺体を発見して通報されたのは、孝一さんですね。発見された時の様子をうかがってもよろしいですか?」

孝一は堀田さんを見てフンっと鼻を鳴らしていった。

「久しぶりに実家に帰ってきたら、変な腐ったにおいするからびっくりしたんだよ。そしたらその男の死体があったってわけ。しかも、婆さんは呆けてるみたいだし。踏んだり蹴ったりだわ。」

「このご遺体の方に見覚えはありますか?お知り合いとか?」

「俺ね、この家に帰ってくるの、数年振りなのよ。こんな奴俺の知り合いじゃないよ。」

「数年ぶりに実家にねぇ。どうして帰ってこられたんですか?」

「え…。いや、別に。…婆さんの顔たまには身に言ったほうがいいかなって…。 そんな事より、この家には小さな金庫があったんだよ。それが盗まれてるんだ。たぶんその金庫を盗んだやつがあの男をやったんだよ。

早くその金庫を見つけて返してくれよ。その金庫の中にある金がないと、俺…やばいんだよ。頼むよ。」


あぁ、金の無心に実家に帰ってきたわけだ。で、当てが外れて焦っているわけだな。

堀田さんがオレのほうを向いて小さなため息をつく。

次に、オレがお婆さんのほうに話を聴く。

「太田時江さん…ですね。時江さん。警察です。あの男、誰かわかりますか?」

「男?何の事だい?」

時江さんはオレと目を合わそうとしない。視線は中空を浮遊している。

「ほら、和室に寝てた人いたでしょ?あの人は誰なんですか?」

「知らないよ。」

「知らない人を家に上げて、寝かせていたんですか?」

「知らないよ。知らないよ。私は何も知らないよ。…知らないよ。」

時江さんは、手で髪をぐしゃぐしゃとして取り乱したように見えた。

女性刑事が時江さんに寄り添うようにして、時江さんの背中をさすって落ち着かせようとしてくれる。


「岸刑事。たぶん今、事情聴取は難しいかと思います。先程、課長から一度、署に来てもらって、ケアワーカーの付き添いの元、事情聴取をとると連絡がありました。」

若い後輩刑事がオレに言った。

「そうだな。この状態では大した情報も得られないだろうし、そうしたほうがいいな。じゃ、とりあえず署にお連れしてください。」


オレと堀田さんは事件現場の家を出た。近所の聞き込みをしにいくのだ。

「厄介な事件になりそうだな。」

「そうですね。」

「とりあえず、周辺の人へ目撃情報がないかどうか確かめないとな。まぁ、お前の休暇は当分お預けかな。」

「勘弁してくださいよ。」

オレは泣きたくなってきた。










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