第2話 六花荘
「岸くん、事件起こったから来れないって。」
電話を切った紫音が残念そうに言った。
僕たちは今日から長野の戸隠のほうに遊びに行く予定だった。
この冬、三人で雪山に遊びに行った際に大雪に遭い道に迷ったときに助けてもらった六花荘という民宿に遊びに行く予定を立てていた。
その六花荘では、大雪に閉ざされた中で悲しい殺人事件が起こり、僕たちが解決したのだが、その時にお世話になった杉咲夫妻とその娘の桜ちゃんにあいに行くのか今回の目的だ。
桜ちゃんも小学六年生になって今はちょうど夏休み。
たまにラインでやり取りをしているが、会うのはあの事件以来だ。
本当は僕と紫音、そして岸君の三人で行く予定だったが、岸くんは事件が入ってしまったから、行くことができなくなった。
「事件解決したら合流できそうなのかな?」
「さぁ、強盗殺人らしいから、そんなに簡単に解決しないかもね。」
紫音がため息交じりに言った。
六花荘に到着したのはもう昼過ぎだった。
「こんにちわ。ご無沙汰してます。よろしくお願いします。」
僕たちを六花荘のオーナーの杉咲夫妻が出迎えてくれた。
「遠いところ、お疲れさまでした。岸さんは残念でしたね。」
ご主人の透さんが僕たちを見て満面の笑顔で迎えてくれる。
「あれ?桜ちゃんは?」
紫音が聞いた。
そういえば、桜ちゃんの姿がみえない。
「今、桜の同級生もこの六花荘に泊まりに来てくれてるんです。たぶん、近くでみんなで遊んでるんじゃないでしょうか。
最近、森にも熊が出るらしくて森にはなるべく立ち入るなって言ってるんですけど、おいしい果実がなっている所を見つけたらしくて、もしかしたらそこまで行ってるかもしれません。」
「へぇ。やっぱりこの辺でも熊が出たりするんですね。」
と、僕が言うと
「ニュースではよく目にするけど、都会に住んでいると実感わかないからな。」
と、紫音が言った。
「えぇ、まだ人間を襲ったりはしてないですが、農作物の被害は出ているようなんです。この辺でも熊の目撃証言もありますしね。
猟友会の方たちもパトロールしてくれてまして、被害は今のところ少ないようなんですが、用心に越したことはないので滞在中気を付けてください。
あ、お部屋にご案内しますね。疲れたでしょう。あとで、食堂に降りてきてください。お茶とお菓子でもお出ししましょう。」
僕と紫音が荷物を部屋に置いて、食堂に降りて行くと、食堂には桜ちゃんとその同級生という子供たちもそろっていた。
「迅兄ちゃん、紫音兄ちゃん。いらっしゃい!!」
元気よく桜ちゃんが挨拶をしてくれた。
「桜ちゃん。久しぶりだね。元気だった?」
僕がそういうと、紫音もニコニコして「こんにちわ。久しぶり」
と右手を挙げた。
「うん、元気だったよ。あ、友達を紹介するね。みんな同じ学校の同級生なんだよ。こっちの女の子が私の親友で
眼鏡をかけているほうが、想太だよ。たまに入れ替わるから気を付けたほうがいいよ。想太の眼鏡は目印だけの伊達メガネなんだから。
今、夏休みでしばらくうちに泊まりに来てくれてるの。みんなで宿題やったり自由研究やったり探検したりしてるんだ。」
桜ちゃんが紹介してくれると、その友達も会釈をして各々「よろしく」と言ってくれる。
桜ちゃんの通っている小学校は、長野県でも有数の進学校の付属小学校で、スポーツも勉強もかなりのトップクラスらしい。
もしかしたら、この子たちは僕たちよりよっぽど賢いエリート小学生なのかもしれない。
「さっきは何処に言っていたの?僕たちが到着した時は、居なかったみたいだけど。」
と僕が聞くと、
「迅兄ちゃんと紫音兄ちゃんにヤマモモのパイを食べてほしくてヤマモモ取りに言ってたの。
いま、パパが焼いてくれてるよ。美味しいんだから。」
と、桜ちゃんが言った。
「ほんとにもう、森には危ないからあんまり入っちゃダメって言ってるじゃない。」
母親の雪さんが桜ちゃんを叱った。
「ごめんなさい。でも、お兄ちゃん達に食べてほしかったの。」
桜ちゃんは下を向いて少ししょげている。
「東京じゃぁ、野生のヤマモモなんてなかなか取れないから、どんな味なんだろう。楽しみだね。紫音。」
「そうだな。俺もスイーツ作ったりするから、ちょっと参考にさせてもらおう。
でも、桜ちゃんもみんなも、今度、森に入るときは大人と一緒に行こうな。」
「はぁい。」
桜ちゃんは上目遣いで僕たちを見て、雪さんにわからないように舌を出した顔をした。
「ねぇねぇ、紫音兄ちゃんってお菓子作りするの?」
桜ちゃんが紫音に言った。
「紫音のスイーツは絶品だよ。ちょっと大人な味のケーキなんかも得意だよ。」
「ちょ、俺より喰い気味にこたえるね。一応、俺も店とかに出してるんだよ。知り合いのカフェにおいてもらってるんだけどね。」
「えー紫音兄ちゃんのケーキ食べてみたいよ!!」
桜ちゃんが目をキラキラさせて言った。
「そうだな。雪さん。滞在中に一回作らせてもらってもいいですか?」
「もちろんです、ぜひ作ってください。
みんな、よかったわね。楽しみね。」
そんな話をしていると、透さんがヤマモモパイをもって食堂に入ってきた。
「みんなできたよー!!」
透さんがパイを持って入ってきた途端、さっきまで大人しく座っていた桜ちゃんの友達たちが急に元気になって、
「やったー!!お腹すいてたんだー!!」
と口々に言ってパイに群がってくる。やっぱり、小学生なんだな。と微笑ましく見ていると、
「ほらほら、迅さんも紫音さんも、早くとらないとこの食欲お化けたちにかかったら、すぐに無くなちゃいますよ。」
と、透さんに言われた。たしかに、想太君も健太君もすでに両手にパイを持って頬張っている。さすが、食欲盛りだと感心している場合じゃないようだ。
僕と紫音もあわてて、ヤマモモパイを一切れづついただいた。
パイはサクサクに焼き上げてあり、香ばしくて、中のヤマモモのジャムが甘さと酸味が絶妙なバランスで、とてもおいしい。
「透さん。これは美味しいですね。ヤマモモってこんなにおいしいものなんですね。俺、甘いものは得意ではないですが、これならいくらでも食べられそうです。」
「パイの焼き加減も絶妙ですね。このヤマモモジャムのつくり方、ぜひ教えていただきたい。これなら店でバニラアイスにかけたり、ジンソーダーに入れても美味しそうだ。」
紫音もいたく気に入ったようで、透さんに作り方を聞くようだ。
「そういえば、紫音さんは東京でBarのマスターされてましたもんね。よければ冷凍でストックしているヤマモモもありますし、お帰りの際に少しお持ちください。」
「え?いいんですか?すごくありがたいです。ありがとうございます。」
「すいませーん。」
みんなでワイワイとヤマモモパイを平らげていると、玄関から声がした。
「誰だろ?予約のお客さんはいないはずなんだけどな。…はーい。いまいきますね。」
透さんがエントランスのほうに向かってしばらくすると一組の家族連れをつれて戻ってきた。
1人の5歳ぐらいの女の子と、その両親だろう。
愛想のよさそうな背の高い男性が、にこにこしながら言った。
「突然すいません。じつはこの近くで車が故障してしまって、もう日も暮れかけてしまいましたし、何処か宿をとれるところがないかと探していたところでここを見つけたんです。ご主人に伺ったらお部屋があるとのことだったので、宿泊させていただくことになりました。私達、常田といいます。この子は舞といいます。よろしくお願いします。」
そういって、その常田という家族は頭を下げた。奥さんは少し育児に疲れた感じがあり、舞ちゃんは恥ずかしがり屋なのか両親の後ろで下を向いて小さなぬいぐるみを抱えている。
「まぁまぁ、それは大変でしたね。お部屋ご用意していますから、少しこちらでお待ちください。」
雪さんが3人に座るように案内して、お茶を出した。
奏ちゃんが舞ちゃんに話しかけた。
「舞ちゃんっていうんだね。私、奏っていうの。よろしくね。」
舞ちゃんは凄く驚いた顔をして、お母さんの後ろに隠れた。
「ごめんなさい。ものすごく恥ずかしがり屋なのよ。この子。」
「あ、いえ。こちらこそごめんなさい。でも、もしみんなと遊びたかったら声かけてくれたらいいよ。」
そう奏ちゃんが舞ちゃんに言うと、舞ちゃんが何かを言いかけて飲み込んだような気がした。
「お部屋のご用意が出来ましたので2Fの部屋をお使いください。こちらがお部屋の鍵ですので。」
透さんが鍵をもって食堂に入ってくると、常田さん家族に鍵を渡した。時田さん家族は荷物をもって部屋のほうに入っていった。
「俺たちは夕食まで、みんなで外で遊ぼうぜ。」
健太君が言った。
「紫音兄ちゃんと迅兄ちゃんも一緒に探検しようよ!!」
桜ちゃんが僕と紫音の腕を引っ張って誘ってくれるので、紫音と僕も一緒に外に出て遊ぶことになった。
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