第12話 時に感じては花にも涙ヲ注ぐ
夜だった。
怒涛の1日が過ぎた。魂が肉体を離れ、ようやく宇宙から戻って来たような感覚だった。息子の龍司の告白で、メガトン級の衝撃を何度も喰らい、長い長い一日だった。
僕は元より、元カノの容子はずっと息子の話を聞きながら、ハンカチを目に当てた侭肩を振るわせ、嗚咽していた。ずっと一人で抱えていた秘密を、夫が知っていた事への不満や、その上で自分を受け入れてくれて居た事への感謝が入り混じり、感情が混濁していた。
息子の話が一段落して、三人が落ち着くには結構な時間を要したが、様子を見ながら運ばれて来た食事が、テーブルに並べられる。
まるで祝い膳のように豪華で、それが返って現実味を遠ざけている様だった。
容子が口を開く「食事なんて喉を通らないと思いますが、折角なので箸だけでもつけてください。」そして、目の前に盃が配られ日本酒が注がれた。
三人とも沈黙のまま、盃を目線の高さまで上げ、お互いの目を見つめ合いながら頷き、一気に盃を空にした。
こんな時は、乾杯だろうか、いや、先ごろ亡くなられたご主人に対し、その功績というか愛情に対して献杯なのだろうか。
ぼんやりと思いながら酒を流し込んだ。喉が焼ける様な辛口の酒で、また涙が出た。
同じ男として、その愛情の大きさを痛感させられたのと同時に、あまりに身勝手な価値観の生き方をして来た自分が、いかに小さいか思い知らされた。
ゆっくりと食事をしながら、他愛の無い話をした。龍司の娘の話やら、僕の今している日雇いの仕事の事や、今住んでいる北九州のことを龍司は聞いてきた。
そして、50歳の時、僕が離婚した時の話。
こんな話までするとは考えて居なかった。自分にとって最大の黒歴史と思って居たので、人に話すなんて考えもしなかったけれど、今回の事と比べたら、ただ自分が小さかっただけの事で、何のわだかまりも無かった。
本来ここにいる三人は、状況が違えは本当の親子という事になるが、複雑な思いだった。
暫くして食事が終わり、デザートが運ばれてきた。
それを食べながら容子が口を開いた。
龍司に向かって「母さん神山の家を出ようと思っているの」
少しの沈黙が流れ、龍司が口を開く。
「うん、母さんが良いと思う様にして。本当なら、何故?とか駄目とか言うべきなのだろうけど、分かってしまうんだよね。母さんの気持ち。そして、吉田さんにお会いして、何故、母さんの心の中から吉田さんが消えなかったのか、今なら理解できる。」そう言って和哉の方を向いた。
「吉田さん、母を、母さんをよろしくお願いいたします。父亡き後、神山容子を支えられるのは、あなたしか居ないと思います。今日お会いして、それがはっきり分かりました。」と言い深々と頭を下げた。
さっきまで止まって居たはずの涙が、また流れ出した。もう、前が見れない。
「これがDNAって事なのかな」龍司が呟いた。
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