第11話 いよいよ対峙する

 64年の人生で多分、一番緊張していると思う。楽しかった一週間から既に2ヶ月が過ぎ、年を越した。田舎に戻って来るのも5年振り位だろうか。ほぼ正確な記憶がない。最初、東京あたりでと容子は言っていたが、ハナから逃げているようで気が引けたので、田舎まで行くと、僕が言い出した。

せめて、何があろうとケジメは付けたかった。もちろん土下座も辞さない覚悟で、ひたすら許しを乞うことに決めていた。

 自分でも全身に力が入っていて、顔も強張っているのもよく分かる。日雇いの仕事をする様になってから、スーツはおろかネクタイさえ締めていなかった。

 容子が指定してきた待ち合わせ場所は、老舗の料亭で、奥座敷が離れになっていて、周囲から見られることのない店だった。

僕が相当の決意で臨むことを察し、この店を選んでくれたのは彼女のやさしさなのだろうと感じた。

 待っている間、床の間の向かい側に座って居たが、時間が流れていくのがこんなに遅いと初めて知った。約束の30分前に着いて、ソワソワしていたがもう間も無くその時が来る。

 

 楽しかった一週間の余韻が冷めない頃、容子から連絡があった。

長男と二人きりで話した事。事実を包み隠さず、全てを失うかもしれない覚悟で臨んで話したこと。彼女の話を息子は黙って聞き、そして僕に会うことを承諾した事などを事前に聞かされていた。


 約束のほんの数分前に、中居さんに連れられて容子が、その後ろを息子が付いて部屋に入って来た。僕が下座にいるのを見ると、容子が吉田さんそこはダメです。こちらにと言って、上座をさしたが、僕は「いえ、こちらで結構です」ときっぱり。

「どうかお二人がそちらにお座りください。」と言った。

二人は顔を見合わせたが、それではと言って上座に収まった。

 酷く口が乾いて、舌がうまく回らない。膝が震えて、背筋がゾクゾクする。

しかし、覚悟を決めていた僕は、一瞬目を瞑り丹田に気合を入れた。

目を開き、二人をまっすぐに見つめ。「この度は、知らなかった事とは言え誠に申し訳ありませんでした。」と口火を切った。

「経緯はお母様よりお聞きしていると伺っております。弁解するつもりはありません。如何ような罰もお受けいたします。」と言って、畳に両手をついて頭を下げた。

「ちょっと待ってください。」と言って息子が駆け寄った。

「お願いですから、お願いですからそんな事しないで下さい。両手を上げてください。」その対応に驚いた。

何がどうなっているか、疑問符が頭の中を飛び交う。

「まず、自己紹介させていただきます。」「初めまして、神山龍司と申します。」と言って頭を下げた。そして、少しの沈黙の後に龍司が言葉を続けた。

「何から話したら良いか、うまく話が出来ませんが」と前置きをした後、話し出した。

「今回、母から僕の出生の秘密を打ち明けられました。正直、びっくりはしませんでした。なぜなら、既に僕は知っていたからです。」

その言葉に面食らった。

「僕が、僕の出生の秘密を知ったのは、去年、まだ父が病床にあり、見舞いに行った時でした。突然病気の父が、私の娘の血液型を聞いて来たのです。」

「僕は、娘はAB型だけど、どうして?と聞くと父は堰を切ったように、話し始めました。」「実は、お前と父さんは血の繋がりが無い。でも、間違いなくお前は父さんと母さんの子だ。お前は自分の血液型を知っているだろう?RHマイナスのB型はうちの家系には居ない。まだ、父さんと母さんが結婚する前に、母さんがお付き合いしていた人の子だと思うと言い出したんです。」「僕は、何が何だか分かりませんでした。しかし、父は静かに話を続けました。若い頃から病弱で友達もおらず、なまじ家が裕福と言うことで周囲から疎まれ、婚期が過ぎていた父に降ったようなお見合い話で、嬉しかった。結婚なんて考えていなかったし、子供を授かるかなんて尚更、想像も出来なかった。僕が生まれて、両親は大喜びだったし、父も嬉しかったそうです。だから、その時からなんとなく気付いていたけれど、怖くて確かめられなかったそうです。ただ僕が高校生の時に、盲腸で入院した時に病院で確かめたそうです。」

「しかし、父は全てを受け入れ、母を愛していました。今時、両親の揃った家に嫁に来てくれて、辛かったろうにと言っていました。」そこまでを隆二は一気に話した。

お茶を一口啜り、言葉を続けた。「本来、吉田さんを父さんと呼ばなければならなかったのに、すみません。僕にとっては、神山の父が父さんで、容子が母さんです。」と言いながら溢れる涙を拭った。そして尚も話を続ける。

「生前父は僕に言っていました。父さんが死んだら、母さんを頼む。ただ、機会があったら母さんに話をして、本当にお父さんに会ってこいと。何故ならお前に何かがあって、血液が必要になった時には、私たちには何もしてやれない。だからこそ、お前にはその人は、絶対必要な人だ。恨んではいけない。」

 衝撃がすごくて、思考が追いつかない。いや、思考は停止している。

「全て、すべて知った上で、お父様は受け入れてくれていたんですね。」

僕も、熱いものが込み上げ、涙が止まらない。自分の小ささ、対するご主人のなんと懐の広さ。容子を龍司を家族をどれほど愛し、守って来られなのか。とても自分では役不足だと思った。

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