第10話 アオハル?

 過ぎてしまった時間は決して取り戻せないが、埋める事は可能だと思う。

しかし、それには努力が必要で、増して容子と僕の時間は途方も無く広いと思う。

後悔ばかりを考えていても、何の結論も出ない。だから行動を起こすしか無いのだが、歳をとると躊躇することが増える。いろいろの経験を積んだからこその、躊躇ではあるが、やはり大胆な決断が必要だと思う。

 

 思い出の地を後にして向かったのは、和布刈めかり神社で、ここは関門海峡を目の前にして社殿が立つ、とても素敵な神社だ。

御祭神には瀬織津姫せおりつひめという神様がお祭りされておりとても神秘的な所である。

潮の低い時には、鳥居の所の石段を降りると、海面まですぐに降りて、海に触れることのできる神社で、御由緒によれば関門海峡を見守って居られるらしい。


 「ここの神社は、瀬織津姫と言う神様を祀ってあって、導きの神様なんだよね。これからの良い方向を導いて頂こうと思うけど、どうかな?」

「うん、良いと思う。ここまで貴方を追いかけて来なければ、お参りする事は一生無いと思うけれど、これもご縁ですもんね。しっかりと良い方向に向く様、お参りしましょう。」

 二人揃って鳥居の前で礼をして、御手洗みたらいで手と口を清め本殿の前に進んだ。そして、二人で二礼二拍手一拝のお作法に則り、お参りを済ませた。

「なんか、神前式みたい。」と彼女がポツリと呟いた。

 お参りを済ませ、鳥居の下の階段をおり、海面に触れる。「冷たい」と言いながら「すごい景色」と感嘆の声を洩らしていた。

ここの神社の目の前が関門海峡で、海を挟んで見える向こう側の陸地が壇ノ浦。

「平家を追って、関東から源氏はここまで来たんだよ。すごい執念だね。」と僕が説明すると「私みたい?」と容子が突っ込んできた。

「あぁ、ある意味ね」と言うと背中を思いっきり叩かれた。

こんなやりとりも懐かしい。高校生の頃は良く叩かれた。

 少しして車に戻り、門司港レトロ地区に向かった。流石に平日、観光客もまばらでゆっくりすることが出来た。

「やっぱり名物の焼きカレーが良いかな?」と彼女が言うので、レストランに入り注文した。熱々の焼きカレーを頬張り、彼女は、食後にパフェを注文した。

「大丈夫かい?そんなに食べて。」

「うん、甘いものは別腹」とニコニコして食べている姿は、付き合っている頃を彷彿とさせた。

「船が見たい。」と彼女が突然言い出したので、新門司港に向かい、フェリー乗り場に行った。

「わぁ、本当に大きな船。私乗ったことがない。和哉は有るの?」

「うん、何回か。確かここから出る船は、大阪南港行きだったと思うけど、別のところから、東京行きもあったんじゃないかな。」

「いつか乗せて?」

「うん、機会があったら。」

「約束ね。」

「船旅なんで、素敵。」と目を輝かせている彼女は、まるで少女の様だった。


「私ね、この旅が終わったら神山の家を出ようと思うの。もちろん、息子に貴方を紹介した後。」

「なぜ?」

「貴方と別れて、主人と結婚して、そこから私の人生は怒涛のように過ぎていった。結婚したての頃は、主人の両親と同居していたし、仕事は姑から教わった。そして家事、育児、最後に主人を看取って、もう、私の役目は終わったって思ったの。会社も二人の息子が頑張っているし、もう引退したい。」

「主人の49日の法要が終わった時、正直、これからの残りの人生、自分の為に使いたいと本気で思った。だから、ここに来れたの。きっかけは、息子の血液型の問題だったけれど、もちろん、和哉に迷惑をかけるつもりは無いわ。」

と言うと、少し俯き涙を拭う仕草をした。

 こんな時、どんな言葉をかけたら良いのか分からない自分が歯痒い。一足飛びにプロポーズは無いにしろ、守って行きたい気持ちは強くある。

でも、どんな言葉で伝えたら良いか、分からなかった。

 そして、ようやく捻り出すように口をついた言葉は

「どんな形でも良いから、これからの人生、容子の為に使いたい。」

全くもって色気もない言い回しで「最低だ」と自分でも思ったが、それでも容子は嬉しいと言ってくれた。


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