第9話 君の朝 〜 By 岸田智史 〜
翌朝、目が覚めた時には、すっかり化粧を整え、着替えを済ませた容子がいた。
「おはよう。良く眠れた?」
「うん、もう10年以上誰かと一緒に寝た事が無かったから、なんか変な気分だ。」
「ごめんなさいね、こんなお婆ちゃんに付き合わせて。」とちょっと拗ねた表情も昔の面影があり、懐かしかった。
「ねえ、モーニング行くでしょ?」
「そうだな、着替えるから待ってて。」と言ってブランケットを剥いで起き上がると、そこには64歳とは思えない筋肉質の和哉の肉体が顕になった。
日々肉体労働を続けた賜物で、スポーツジムなどで作り込んだ筋肉とは明らかに違っていた。「ごめん、見苦しいから向こうを向いてくれるかな。」
「別にいいじゃない、それとも恥ずかしいとか?元カノとしたら気にしないけど。」
と笑って言った。
なんか、昨夜から容子のペースで事が進み調子が狂う。
サッとシャツを羽織り、ズボンを履き着替えを済ませた。洗面所に向かい、洗顔して歯を磨いた。
「お待たせ」そう言って彼女の所に来ると、ルームキーを持って彼女が立ち上がりながら「ビュッフェは8階にあるそうよ。」と言い部屋のドアを開け、廊下に出た。
深めの絨毯の上を歩きながら、エレベーターホールがある場所に向かった。
下向きの矢印ボタンを押すと、すぐにエレベーターは到着した。
開いたドアから乗り込み8のボタンを押す。エレベーターが到着してドアが開くと、朝食のいい匂いがした。
入り口でトレーと取り皿を受け取り、サラダコーナーに行き、野菜を取った。トースターに食パンを放り込み、スクランブルエッグにソーセージ、その他のおかずを取り、一旦テーブルを確保しに行った。戻ってドリンクコーナーに行き、グレープフルーツジュースと、トマトジュースを両手に持ち席に着く。
「ねえ、コーヒーも飲むでしょ?それとも食後にする?」と言いながら、容子はヨーグルトにベリーのソースをかけ戻ってきた。
「そうだな、後がいいかな。」
「うん、分かった。じゃ、食べましょ。いただきます。」と言って小さく手を合わせ、野菜を食べ始めた。
僕も、トマトジュースをひち口飲み、トーストした食パンを千切ってバターを塗り、口に運んだ。
ひとしきり朝食を食べながら、今日行くところの話をした。
「駅前でレンタカーを借りて、門司の方に向かい
「ねぇ、和哉が昔、研修で住んでいた所には行けない?」
「えっつ?何もない所だよ。」
「行ってみたいの、私があなたに会いたくて仕方なかった時、どんなところに居たのか見てみたい。」
「うん、じゃ最初にそこに行こうか?今僕が住んでいる所の近くだから、アパートに寄って、ちょっと荷物を取ってくる。」
そんな会話をしながら食事を済ませると、部屋に戻って荷物を持ちホテルを出た。
駅の脇にあるレンタカーまで行き、手続きをしてコンパクトカーを借りた。
鍵を受け取って車に乗り込み、まず僕のアパートに向かった。
到着して、大急ぎで荷物をまとめた小さなバックを手に持ち、車に戻る。
そして5分くらいの所にある港に着いた。
「ここは、戸畑港。二十歳の僕は、店頭研修でこの地に来たけれど、販売成績が振るわず、落ち込んで毎日ここに来て海を見ていた。」そこには昔からニッスイの工場?倉庫?みたいな大きな建物があったけど、変わっていない。
周辺の道路はずいぶん整備されたけど、船着場は昔のまま。
「ここにいた時、仕事は上手く行かないし、君に電話しても繋がらないし、めちゃくちゃ凹んでた。」
「ごめんなさい。地雷踏んだ?」
「いや、別に良いんだ。そんな良い思い出がないのに、なぜか僕は離婚をしてからこの場所がとても気になり、ここに引っ越してきたんだ。しばらく仕事もせず、今のアパートで引きこもっていたけどね。」
「辛かったのね。結婚生活は充実して無かった訳じゃ無いんでしょ?」
「最初は楽しかったよ。結婚の翌年に双子が産まれて、彼らが育っていくのが何よりも楽しかった。」
「うん、知ってる。私ね、その頃一度、和哉を見かけたの。私の息子も小さな時から水泳をしていて、運動公園のプールに行く途中、噴水の脇で貴方と双子ちゃんの3人が、サッカーしていた。すぐ私は気づいたけれど、貴方は夢中で子供達と遊んでいて、全く私には気づいてくれなかった。あの時、本当に私たちの人生は別べつになったんだって思ったら、悲しかった。」
「この場所は、僕にとってすごく意味があって、上手く行っていなかった思い出を、結婚を決めた人と一緒に来て、話しをしたいと思っていたんだ。」
「じゃぁ、奥さんと来たの?」
「いいや、結婚した時には双子がお腹にいて、ここまで来る事はできなかった。」
「私が初めて?ここに貴方と来たの。」
「うん、不思議だ。結婚する相手に元カノの話を愚痴って、僕の気持ちを聞いて貰うつもりだった。なのに、今、その元カノと此処にいることはとても不思議。」
港を眺めている僕の横顔を見つめている容子が、微かに笑った様な気がした。
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