第8話 帰れない二人 〜 By 井上陽水 〜
ルームキーをかざしてドアを開け、抱えていた容子をベットに横たえる。
冷蔵庫から冷えたミネラルウオーターを取り出し、キャップを捻って一口飲む。
「良く飲んだ」ボソリとつぶやく。ふとベットに視線を移すと、容子がモゾモゾしていた。近づいて声をかける。
「大丈夫かい?気持ち悪くない?」
声にならない声で、頷く。暫くしたら起こそうと思い、僕はベットの端に座って彼女を眺めていた。
部屋の照明は少しトーンを落とし、ベットサイドのフロアスタンドで全体の明かりを賄っている。片手に持ったままのペットボトルから更に一口水を飲んだ。
キャップをつけてからサイドテーブルにそれを置き、容子の顔を見る。フロアスタンドの光で出来た影が、少し額から顔にかけてかかっていた。
そっと手を伸ばして、その影の髪を手で掻き分けた。
すでに深夜の時間帯、空調の静かな音だけが部屋に響く。
「この人は、きっと頑張り過ぎたのだろう」と思い眺めて居ると、突然目を覚ました。
「あっ、寝ちゃった。ごめんなさい。」と言いながら上半身を起こそうとした。
「だいじょうぶかい?まだ寝ていて良いんだよ。」
「ううん、化粧を落として着替えなければ」と言いながら両手をベットに着き、気怠そうに起き上がった。
「先にシャワーする?僕は後でいいから」そう言ってベットの端からテーブルの所にある肘掛椅子に移った。
「ありがとう。そうさせて頂くわ。」と言い、少しふらつきながらバスルームに向かった。
「和哉さん」と声をかけられて目が覚めた。どうやら彼女がバスルームに行ったのを見届けた後に、僕は寝入ってしまった様だ。
「ごめんなさい。先にシャワーさせて頂きました。」
すっかり化粧を落として、バスローブに身を包んだ彼女は上半身を屈めて僕の顔を覗き込んでいる。
「すまない。寝てしまって居た様だね。」と言い身体を起こして、僕もシャワーを浴びることにした。
僕がシャワーを終えて出て来ると、フロアスタンドは小さな灯りに落としてあり部屋全体が薄暗くなっていた。テーブル脇の肘掛椅子に座ると、彼女が「こっちに来てくださらない?」といった。
「まずいだろ」と言うと身体を起こしながら、「いいの。お願いだから来て」と言った。椅子から立ち上がり、ベットに向かうとブランケットを彼女が開けてくれた。
改めて「いいのかい?」と言うと静かに頷いた。
ブランケットとシーツの間に身体を滑らせる。彼女の体温を感じながら身体を寄せた。自然と彼女を腕の中に抱くような体制になり、吐息を一つ。
「こんな事したらダメだよ」と言いながらも、僕の心臓は鼓動を強めた。
「いいの、今夜だけはあなたの腕の中に居させて。」
そう言いながら、額を僕の胸につけてきた。
覚悟はできていた。
これから、大変な事が沢山起きるだろう。でも、僕はこの人を守ると。
程なくして、彼女の小さな寝息が聞こえて来た。
僕も彼女を抱いたまま、浅い眠りに落ちた。
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