第5話 目挑心招に抗う
小倉駅の近くに取ったホテルに、彼女がチェックインを済ませ、着替えてくる間僕は、フロントのソファーで待つ事にした。
多分、時間が掛かるだろうと思い、ソファーに腰を下ろしてポケットから携帯を取り出した。
早速、カクヨムのサイトにログインし、アクセスの数やメッセージなどが無いか確認をする。期待して居るほどアクセス数は伸びず、ちょっと凹んだ。しかし、優しいフォロワーさんが、ハートマークを2つ付けてくれていたのは、感動だった。この小説の続きは、どんな展開にしようか、読んで下さる方の予想をいい意味で裏切って、「そう来たか!」と思わせる展開にしたいと考えていた。
一時して彼女が着替えて降りてきた。昼間とはちょっと違う感じのワンピースに、ロングコートを羽織り、ストールを緩く巻いている。
「わぁ、見違えた。」と思わず心の声が小さく漏れる。
「お待たせしました。」と言ってエレベーターから降りてくる彼女を、フロントでチェックインしていた他のお客さんが振り返って見るほど、輝いていた。
「あのぅ、傷心旅行だよね。ご主人を亡くした。」と思わず聞いてしまった。
「そうよ、だって暗くしていても何も変わらないし、彼も喜ばないと思うわ。」
「まして、田舎じゃないから誰の目も気にしなくて良いでしょ?」
驚いた。彼女にこんな一面があるなんて。
「切り替えはやっ」と思わず口をついて出た。
「行きましょ。」と言ってエントランスに向かって歩き出した。
ホテルを出て魚町の方に歩いて行く。通りを抜けて少し路地を入り、個室のある居酒屋に入った。
「こんな素敵なお店、何時もはどなたと来るのかしら?」とイタズラっぽく笑い、メニューを見た。
「そんな、日雇労働者の身分で、普段こんな店は来ないよ。」と言い訳がましく言うと、「じゃぁ、今日は特別?」と意味ありげな笑みを浮かべた。
昼間の化粧より、明らかに濃いめの化粧になり、口紅もやや赤みが濃くなっていた。
その口元から、溢れる笑みが、僕の脳天を刺激する。
明らかに、僕は人生の選択肢を誤っていた。そんなことを考えて居ると、見透かされたように「飲むでしょ?お酒。私も、結構飲めるようになっちゃった。」と照れたように、ちょこっと舌を出した。その仕草が、追い打ちをかける。
「海なし県に居るとなかなか食べれない、呼子のイカがあるよ。」と言うと
「知ってる、この間テレビのグルメ番組で、お笑いの人が旅して紹介していたわ。嬉しい、あれが食べれるのね。」と無邪気に喜んでいる。
いくつかのつまみを頼み、酒は焼酎を頼んだ。
まさか、40年前に此処でこうして彼女と酒を飲む事になるなんて、全く想像すらしていなかった。
40年前の僕は、まだ彼女と付き合っていた。その時、研修で訪れたのがこの北九州の地だ。いつも彼女の声が聞きたくて、夜、公衆電話に両替した100円玉をたくさん持って出かけて行った。
しかし、電話をかけても彼女は留守で、代わりに出た父親が「お友達と出かけたから、少し遅い時間にかけ直してくれるか?」と言われた。
その当時は、まだテレホンカードなんてない時代。100円が数秒ごとに落ち、あっという間に1000円が消える。食費を削って、電話代を貯め週に一度電話をするが、話ができなくて、悶々としていた事が思い出される。
そんな、良い思い出がないにも関わらず、なぜか離婚後僕は、この地に移り住んだ。
運ばれて来たイカがあまりに透き通っていて、足が動いて居るのを見て「すごい、本当に生きて居るんだね。」と感嘆の声を漏らしていた。
この笑顔を僕は40年前に見た記憶があるが、こんな別々の人生になるなんて、あの時思わなかったし。と呆けていると「何考えてるの?」とすかさず突っ込まれた。
「あの時、別れたこと、後悔してる?私は、後悔させたくて、ずっと自分磨きをして来たわ。会話も、オシャレも、全てあなたを後悔させたい一心で。」「だから今夜は、その思いがやっと叶って、そう、私の最大の、あなたへの仕返し。」
と少し酔いが回ってきて、頬に赤みが刺し、潤んだ瞳で真っ直ぐに見つめて来た。
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