第4話 夕暮れ時はさびしそう 〜 By NSP 〜
どのくらいの時間が経ったのだろうか。突然、元カノが訪ねてきて、慌てて着替えて、ラ・ガールに来た。
そして元カノから発せられた爆弾発言。あまりの破壊力に僕はボー然とするしかなかった。周りの時間が止まったというか、全ての動きがスローモーションの様に見える。彼女の座って居る向こう側にある窓の外は、既に暗くなり始めて居る。
突然の空腹に襲われ、我に帰った。それから、彼女の落とした爆弾には触れずに、いや、触れることができずに他愛もない話に終始した。
「此処のナポリタン、絶品なんだぜ」と言う僕の言葉に彼女も同意し、1皿をシェアして食べる事にした。
ようやく空腹が満たされ、正気が戻ってきた。
「さっきの話なんだけど」
「うん」
「なんか、知らなかったとは言え、君一人に辛い思いをさせてしまって、済まなかった。ごめん」
「ううん、良いの。私の我儘だから」
「いや、本当は僕が背負うべきことから逃げてただけだよ、本当にすまない。」
「あの子が生まれて、もう38年が過ぎたわ。あの子も結婚をして、子供が出来、私もすっかりお婆ちゃん。でもね、誰かに、話したかった。多分、誰かにじゃなく、和哉に聞いて欲しかったんだと思う。あぁーこれでやっと私の子育ても終わった気がする。」そう言って大きな目を見開き、必死に涙をこぼさない様に上を向き、鼻の頭と頬を赤らめて目を潤ませて居る容子はとても綺麗だった。
どれだけ辛い時間を過ごしてきたのだろう。想像を絶するこの思いは、次の言葉に蓋をする。何かを言おうとして言葉を探すが、言葉にすると思いは薄っぺらくなってしまう。少しの沈黙の後、彼女が口を開いた。
「でもね、」辛い事だけじゃなかったのよ。やっぱり和哉に似て居る所があって、いつも貴方を身近に感じていた。貴方と一緒の人生は歩けなかったけれど、それはそれで楽しかったわ。私、本当に悪い女ね。」
と自嘲する顔も、僕の心の奥にある何かをギュッと掴まれて居る様で、苦しかった。
陽がすっかり落ち、夕方の喧騒が激しきなってきた頃、「今晩はどこに泊まるの?」と聞いてみた。
「小倉駅の近くにホテルをとってあるの。子供達には、主人を亡くして、傷心旅行に行くって出てきたの。会社も息子と嫁で回せる様になったから、私は1週間くらいのんびりさせてもらう事にして、予定を立てずに出て来たわ。」
「そうなんだ、予定がないなら明日、門司にでも行ってみる?壇ノ浦や門司港レトロ地区、海峡が見える神社もある。」
「えっ?和哉、明日仕事でしょ?」
「いいや、今は港湾で日雇いの仕事している。朝、集合場所に行って仕事があったらだけど、無ければ無い。だから、休みも行かなければ、勝手に休みになっている。よく言えば気楽な仕事。人によっては、1週間くらい平気で出て来なくて、お金が無くなるとひょっこり顔を出す奴もいる。」と自嘲した。
「驚いただろ?こんな生活。」
「ううん、そんな事ない。和哉が元気でいてくれるだけで、私も元気になれる。確かに若い頃は、どんな生き方をしたかが大切で、価値観やプロセスって重要だったけど、この歳になったら、そんな事どうでもよくて、ただ健康で笑顔でいれるだけで、幸せなんだって分かったわ。」
喫茶店を出て、駅まで二人で歩きながらお互いを近くに感じていた。40年と言う時間は人の一生の大半の時間ではあるが、一瞬でその時間は消すことができる。昔一緒に歩いた時のように、自然とお互いの立ち位置で歩いて居る事に、驚いた。
高校生の頃は、僕が車道側、彼女はその内側を少し下がったところをついてくる様に歩いた。
駅が近いのですぐに改札の前まで来た時「ねぇ、時間が大丈夫ならもう少し一緒にいたい。せっかく田舎から出て来たんだから、もうちょっと付き合って」とまさかの発言。「えっ?君ってそんなに積極的だったっけ?」というと、「女は強くなるんです。特に子育て済ませた女は。」と良い笑みを浮かべる。
「じゃあ、小倉まで一緒に行って、そこで居酒屋にでも行こうか。田舎じゃ新鮮な魚介は食べられないから、折角だからうまい魚でも食おう。」
そう言いながら、切符を買い、駅のホームに向かった。
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