335.一人暮らし(1)
「では、私たちはこれで失礼しますね」
「はい、ありがとうございました」
業者の人たちが家から出ていく。それを見送った後、家の中に戻って寝室に行く。そこにある木枠のベッドの上には形のいいマットレスと掛け布団、枕が置いてあった。
ようやく、寝具が届いたのだ。真新しい寝具を見ていると、自然と顔がほころんでいく。そして、そのベッドの上に飛び込んだ。形のいいマットレスの上に、フカフカの掛け布団。上でゴロゴロすると、とても気持ちがいい。
「えへへ、私だけのベッド」
転生に気づいた時は草のベッドだった。あの頃から大分時間が経ったけど、ようやく自分のベッドを手に入れることができた。それが嬉しくて、顔がにやけるのを止められない。
「はー、気持ちいい。明日からここに住むのか」
念願の家を手に入れて、ようやく住むことができる。ずっと町に住むことを目標に頑張ってきて、それを掴み取った。
「長かったなー……」
ここまでの道のりは決して平坦ではなかった。色々と大変な目にあったし、忙しくて世話しない日々だった。それを地道に一つずつクリアしていって、ようやくこの場所を手に入れた。
本当にはじめは何もなかった、力も道具も信頼だって……。だけど、コツコツと積み上げてきたお陰で今の私には色んな物がある。堅実な仕事で積み上げてきた信頼、諦めずに戦い続けて積み上げてきた力、仕事の報酬として受け取ったお金。
今の私は充実していた。知り合いにも恵まれ、頼りになる人たちだっている。それに、目標だった領主様への恩返しも成し遂げた。色んな事をやり切った充足感に包まれている。
「明日から必要な食材を買いに行って、そうだ! 宿屋の人たちにも挨拶をしてこよう。そしたら、夜はヒルデさんと一緒に食事だったね」
あと一日宿屋に泊まるから、今の内に必要な食材を買いに行こう。買い物の後は、一度宿屋に戻って最後の挨拶をしなくっちゃ。宿屋の人には沢山お世話になったからなー。
そしたら、夜はヒルデさんのオススメのお店で食事だ。よし、そうと決まれば早速行動だ!
◇
家で作る料理のことを考えながら食材を買い込む。食材を買うなんてあんまりやってこなかったから、とても新鮮だった。店員と話ながら選んだり、自分で目利きして選んだり、とても楽しい時間。
必要な食材を買い込んだ後は宿屋に行った。いつもお世話になっている宿屋の人に挨拶をすると、寂しがられた。でも、自分の家を手に入れたことは祝福してくれる。
自分の家で暮すってことは、宿屋で見知った人たちともお別れということになるんだ。それを考えると、とても寂しい気持ちでいっぱいになった。
家へ帰り、買ってきた食材を保管庫や冷蔵庫に入れ終わる頃には夕方になっていた。そろそろ、約束の場所に向かわねば。私は家を出て、目的地のお店まで急いだ。
「……」
一人で歩く通り道、なんだか寂しい気持ちだ。今まで朝食の時はいつも誰かがいてくれた。集落のいた時は難民の一緒に食べて、宿屋で過ごしていた時は宿泊者たちや宿屋の人たちとお喋りをしながら。
食事の時はいつも誰かがいてくれた。それに今更気づいてしまう。そっか、今度からは一人で食べることになるのか。そう考えると、寂しい気持ちが強くなった。
一人暮らしして嬉しいはずなのに、気持ちがしぼんでしまう。望んでいたことなのに、望んでいないことを選んでしまった気分になる。
「みんなと一緒に食べるの、楽しかったなぁ」
誰かが傍にいるって凄いことだった。そんなひと時があったから、めげずに頑張れてこれたのかもしれない。そっか、今度からは一人か……。
大丈夫、こうやって時々は一緒に食べにいけるし、全部が一人っていう訳でもない。うん、それに一人が嫌っていう訳でもないしね。
そうやって自分で自分を励ますが、寂しい気持ちは無くならない。こういう時の自分は弱いな、そう思いながら歩いていくとお店に辿り着いた。
こんな沈んだ気持ちでお店には入れない。深呼吸をして心を落ち着かせると、扉を開いた。
「「「リル、おめでとう!」」」
突然の大勢の声、目の前が花びらでいっぱいになる。一体何? 目をぱちくりして店内を見渡すと、そこには見知った人たちが大勢いた。
みんな私の方を見て花びらを投げたり、拍手をしたりしている。突然のことで私は状況が掴めない。戸惑いながら店内をゆっくり進むと、立っていたヒルデさんが近寄ってきた。その手には小さな花束を持っている。
「新居への移住、おめでとう」
「えっ……新居への移住って。それにこれは……」
持っていた花束を渡されて受け取ったが、状況が分からない。困惑した顔を見せていると、近くにいたアーシアさんが声をかけてくれる。
「これはね、目標を達成したリルちゃんをお祝いしようと思って集まったの」
「目標達成……」
「ずっと、その目標のために頑張ってきたんでしょ? だったら、お祝いしないといけないじゃない。私とヒルデで考えたのよ」
「私たちだけでお祝いするのも寂しいから、リルの見知った奴らを集めてきた」
私の目標達成のお祝い? 店内を見渡してみると、見知った人たちがいっぱいいた。私はその人たちに近づいていく。
「オルトーさん」
「リル、新居への移住おめでとう。長年の夢が叶ったみたいで嬉しいな。それもまだ年若いのに、生き急いでいないか? と、心配になったほどだよ。どんだけ仕事をしてきたんだ?」
「まぁ、空いている時間があれば……ですかね」
「空いている時間って自由な時間が全くないじゃないか。私がいうのもなんだか、自由の時間は確保したほうがいい。人間、ずっと働けるほど丈夫にはできていないからね」
最近、色々と顔を見せることが多かった。ヒルデさんの薬を作る時には本当にお世話になった。こっちがお世話になりっぱなしなのに、今回の集まりで顔を出してくれたことが嬉しい。
「ハリスさんとサラさんも来てくれたんですか?」
「そりゃあ、パーティーメンバーだからな。メンバーのお祝い事に顔を出さない訳にはいかない」
「リルを驚かそうっていうんで、楽しみにしてきたんだが……予想以上に楽しいことになっているな」
「はい、こんなこと全然予想してませんでした」
「だろうな。リルにこんなに知り合いがいたことに、こっちが驚いたくらいだ」
「リルって人望あるんだな。感心したよ」
ビスモーク山で一緒に魔物討伐をしてくれた二人。何か月も一緒に戦ってきて、仲間意識が芽生えた大切な人たちだ。しばらく離れていたけど縁は切れていなかった。こうして、駆けつけてくれたことが何よりも嬉しい。
「ラミードさんに……タクトくんまで」
「よぉ、久しぶりだな。折角楽しい会だから、こいつも引っ張ってきた」
「僕は別に来なくても良かったんだけど、ラミードが強引に連れてきたんだよ」
「二人に交流があったんですね」
「ラミードが付きまとってきて、大変なんだよ。リルからもなんとか言ってやって」
「こいつ、危なっかしいところがあるから、面倒見てるんだよ。ほら、色々と分かるだろう?」
久しぶりにラミードさんとタクトくんに会った。二人とも変わっていない様子で安心したけど、まさか二人に交流があったなんて思わなかった。でも、なんだかいい雰囲気だし、合っているのかもね。
「あっ、ウルマさん、ロザリーさんお久しぶりです。ニックさん、ルイードさん、アルマさんまで来てくれたんですか?」
「やぁ、元気そうで何よりだ。久しぶりに顔を見たくなってな」
「目標達成おめでとう。リルならできると思っていたわ」
「リル、すげーな! まだ、俺らはCランクなのに」
「どれだけ活動したら、そんなに早くBランクになれるんだよ。ま、おめでとさん!」
「リルはできる子だとは分かっていたけど、まさかここまでとはねぇ……」
商会の護衛で一緒になった冒険者たちだ。みんな変わりなく元気にやっているみたいで、安心した。久しぶりに見た顔にワクワクとした気持ちが膨らんできた。
「ディックさんにみなさんも……」
「リルはしっかり冒険者をやっているみたいじゃないか。冒険の合間にでも、俺たちの所にも顔を出してよ」
「まぁ、その時は魔力補充をやってもらうけどね」
「あー、リルがいた頃が懐かしい!」
魔力補充所のみんなも来てくれていた。何か月も一緒に仕事をしたし、一緒にご飯を食べて、沢山お喋りもした。そんな顔なじみを見て、とても懐かしい気持ちになった。
他にも冒険者ギルドの職員の人たち、領主クエストやスタンピードで見知った顔になった冒険者たちもいた。みんな懐かしい顔ばかりで、心が温かくなった。
「みんな、リルをお祝いするって言ったら是非、と集まってきてくれたんだ」
「リルちゃんにはこんなに知り合いがいたのね、ビックリだわ」
「集めるのは苦労したが、お陰でこんなに賑やかな会になった。喜んでくれるか?」
企画した本人たちの温かな言葉と視線。私の心の中にあった寂しさが、綺麗に消えていくようだ。そうか、私はいつの間にかこんなに沢山の縁を繋いでいたんだ。
集落から出てがむしゃらに働いてきたけど、そのお陰で私は大切なものを手に入れた。お金とか経験とか信頼とか、欲しかったものは手に入ったけど、私が本当に欲しかったのは人との繋がりだ。
親に見捨てられたことは私の中で想像以上に重かったらしい。私は孤独が嫌いだったんだ、一人になるのが怖かったんだ。だから、私は人と繋がれる仕事を沢山こなした。
その結果がこれだ。沢山の人と繋がれて、温かい縁に囲まれた。これ以上に嬉しいことはない、私が本当に望んでいた光景がこれなんだ。
胸がいっぱいになる、とても嬉しい気持ち。目じりが熱くなるけれど、今は堪えないと。でも、気持ちはどんどん膨らんでいく。だから、精一杯の笑顔を浮かべてみんなに気持ちを伝える。
「本当にありがとうございます! 私、みなさんと出会えてとても幸せです!」
すると、みんなが笑顔になってくれる。店内は温かい拍手に包まれて、祝福されているように感じた。
「じゃあ、パーティーの始まりだ!」
「主役は当然真ん中ね」
ヒルデさんが声を上げると、店内から応える声があちこちから飛び出る。すると、アーシアさんが私の背を押して、店内の真ん中へといざなう。
みんながいるから、もう私は寂しくない。
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