333.恩を返す時(1)

 難民たちの仕事も順調に決まっていき、自立の道を進み始めた。私のできることはほとんどやりつくしたため、あと手伝えることがあるとすればちょっとした相談に乗ることだった。


 もう難民たちは私の手から離れた。あんなに忙しかった毎日に暇な時間ができるようになると、なんとも寂しい気持ちになる。でも、それは良いことなので悲観はしない。


 今、できることと言えば家の準備を進めることだ。それもかなり終わってしまって、あとは注文した寝具類が届くのを待つばかりとなった。


 お金を沢山使ったし、またお金を稼がなくてはいけない。どんな仕事をしようか考えていると、宿屋に連絡が届いた。それは、トリスタン様からで約束の素材が集まったことを知らせてくれた。


 素材……それはヒルデさんの足と目を治す薬を作るために必要なもの。これでようやくヒルデさんを治せる、今までの恩を返せる! 私はとても嬉しくなってはしゃいでしまった。


 その手紙を貰った翌日、私は屋敷を訪れた。応接室に通されてしばらく待っていると、わざわざトリスタン様がやってきたのだ。


「トリスタン様、どうして?」

「休憩がてらリルと会うのもいいと思ってな。最近はどうしている?」

「難民たちは私の手を離れたので、ほとんどやることがなくなってしまいました。今は新しい家の準備を進めているところです」

「暇をしているなら、官史になる勉強でもしてみるか? リルの頭なら難なく覚えることができるだろう」


 官吏のことはまだ諦めていないらしい。うーん、安定した職を手にできるのは魅力的だけど、自分にやれる自信がないんだよな。大人に混じって官吏の仕事をするなんて……難しいかなぁ。


 その後もトリスタン様と取り留めのない雑談をした。本当に休憩がてらに来たのか、お茶とお菓子をつまんでとてもリラックスしている様子だった。と、そこに執事の人が声をかけてきた。


「トリスタン様、そろそろ……」

「あぁ、もう休憩が終わってしまったみたいだ。最後になってしまったが、約束の素材を渡そう」


 トリスタン様が声をかけると、執事の人が動き始めた。部屋の机に置いておいた木箱を取ると、それを私の目の前のテーブルに置く。すると、木箱が開けられた。中には見たことのないような素材が入っている。


「それが約束の素材だ。しっかりと鑑定をしたから間違いがない」

「ありがとうございます!」

「しかし、育ててもらった人のために報酬を全て素材に変えるとはな。惜しくはなかったのか?」

「全然惜しくはありませんでした。その人がいなかったら、今の私がいないでしょう」

「ふむ、その人がいたからか。なるほど、なら私もその人に感謝をしなければいけないな。お陰で問題が一つ解決したのだからな」


 ヒルデさんがいなかったら、今の私はいなかっただろう。色んな事を教えてくれた、心構えや戦い。町の暮しやいいお店なんかも教えてもらった。ヒルデさんがいたから、私はここで暮していけたんだ。


「その人が元に戻るといいな」

「はい! 本当にありがとうございました」


 あとは薬を作るだけだ。トリスタン様にお礼をいうと、木箱をマジックバッグにしまい、足早に屋敷を後にした。行く場所はオルトーさんのところだ。


 ◇


 通りの道を駆け出して、オルトーさんのお店に辿り着いた。


「オルトーさん、いますか?」


 扉を何度も叩く。しばらくすると、扉が開き中からオルトーさんが現れた。


「やぁ、久しぶりだね。今日は一体どうしたんだい?」

「以前話していた素材が集まったんです!」

「以前の話……あー、ヒルデの体を治すための薬の素材か! ということは、集まったんだね?」

「はい、領主様のお陰で集まりました!」

「そうか、そうか! よし、中に入ってくれ。素材の確認をしよう」


 オルトーさんに誘導されて私はお店の中へと入っていった。いつもの作業部屋に行くと、そこのテーブルに木箱を出して蓋を開ける。


「まず、確認をさせて欲しい」


 オルトーさんは虫眼鏡みたいなものを出して素材を一つずつ確認し始めた。


「それはなんですか?」

「あぁ、これか鑑定のルーペっていうんだ。これを通して見ることで、素材の情報が分かるんだ。鑑定スキルのない人は大体これを使っているんだよ」

「便利ですねー」

「あぁ、便利だよ。これがないと錬金術の調合が行えないくらい重要なものなんだ。おっと、素材の鑑定中だった」


 喋りながらでも鑑定はできそうだけど、それとこれはとは話が違うみたいだ。真剣な顔つきで鑑定を続け、全ての素材の鑑定が終わった。


「うん、品質のいい素材だ。これなら問題なく目的の薬を作ることができるよ」

「本当ですか?」

「作るのに三日はかかるけど、待っててくれるかい?」

「もちろんです!」


 良かった、これで薬が作れるってことだよね。ヒルデさんの体が元に戻るまで、あと三日……。長いようで短いな。


「じゃあしばらくお店を閉めて……」

「調合にかかりきりになるんですよね。だったら、私にオルトーさんの身の回りの世話をさせてください」

「あぁ、それは助かるよ。長い調合だと、いつもその辺おざなりになってしまうから。リルが居れば心強い」

「お世話、任せてください」


 これでオルトーさんも心置きなく調合できるはずだ。私はしっかりとオルトーさんのサポートをしないとね。


「ふぅ、これでリルが弟子だったら文句はないんだけどなー」

「いや、私には無理ですよー」

「リルならできそうなんだけどなー」


 また弟子にしたい病が始まってしまった。錬金術、難しそうだからなー。でも、できれば何かと便利だと思うし。家の中に調合場所も作れそうだけど……はっ! いけない、流されてしまう。


「そんなこと言ってないで、早く作りましょうよ」

「そうだな、作ろう。じゃあ、調合の準備を始めるよ」

「はい。お手伝いできることがあれば言ってくださいね」


 こうして、ようやく調合が始まった。調合が始まればオルトーさんは凄い集中力使って、調合を進めた。その間、私は必要な物を取ったり片づけたり、食事を用意したりしてできる限りサポートをしていく。


 ◇


 三日間、オルトーさんは本当にずっと調合をしていた。一つ一つの作業が慎重かつ丁寧、今までの軽い調合とは訳が違った。今回の調合は難しい、そう言っていた言葉を思い出す。


 サポートしかできない状況がとてももどかしかった。でも、自分ではできないことなのでオルトーさんに任せるしかない。毎日、変な緊張に苛まれながらオルトーさんの調合を見守っていた。


 一つ、また一つと調合を成功させていき、とうとう最後の調合になった。全ての素材から抽出した成分を、一つにまとめる調合だ。慎重に調合した液を入れて混ぜ、素材に魔力を籠めて成分を一つにまとめていく。


 その一つにまとめる調合が一番時間がかかった。オルトーさんはずっと黙って調合と向き合い、薬の完成を目指す。一つとして間違いを起こさないように、オルトーさんはとても真剣だった。


 傍でサポートをしていた私にも緊張が走る。どうか、上手くいって。手を組んで、祈りさえもした。そんな時間がどんどん過ぎていき、夜になり、そして朝になった。


「リル、薬の完成だ」


 久しぶりに聞いたオルトーさんの声に、うたたねをしていた私の意識がはっきりとした。


「薬……完成!?」

「うん、後はできた薬を容器に移し替えて……」


 用意してあった瓶に出来立ての薬を移し替える。一滴残らずに移し替えると、瓶の蓋を閉めた。


「ホラ、これが薬だよ」


 私の目の前に待ちに待った薬が置かれた。これが、ヒルデさんの体を治すことができる薬。ようやく、できたんだ……長かった。


「そうだ、ヒルデさんを呼んできます!」

「これを本人に渡せばいいと思うんだけど……」

「途中でなくしたら嫌なので、ここで使わせてください!」

「まぁ、いいけど」

「それじゃあ、今すぐ連れてきます!」


 私はオルトーさんを置いて、お店を飛び出していった。

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