332.冒険者になるために(3)
物凄い形相でミウはゴブリンに向かっていく、剣を乱暴に振り回して一直線だ。
「ゴブリンは殺す!」
明確な殺意を持ってゴブリンに切りかかる。だが、乱暴に振り回しただけの剣はゴブリンには効かない。ブン、ブンと剣は風を切り、ゴブリンに避けられる。
「うわぁぁっ!!」
それでもミウは強引にゴブリンとの距離を詰める。乱暴に振った剣ではゴブリンを捉えることができない。それどころか、ゴブリンはミウに攻撃するチャンスを伺ってもいた。
これは、間に入ったほうがいいかな? 今のミウの状態でゴブリンは倒せないと思うし、何よりも隙を疲れたらミウが怪我をしてしまう。私は剣を抜いて、駆け出した。
「ゴブリン、ゴブリン、ゴブリンッ!!」
ミウはひと先ず置いておいて、ゴブリンをどうにかしよう。ミウの今の状態でゴブリンと戦わせるわけにはいかない。一気に距離を詰めると、ゴブリンに剣で切り裂いた。
「グギャーッ!」
深い一撃にゴブリンは絶命してその場に倒れた。そのゴブリンが倒されたというのに、ミウはまだ剣を振っている。
「うわぁぁぁぁっ!!」
もう、周りが見えていないようだ。私は乱暴に振り続ける剣に合わせて自分の剣を振った。すると、ミウの手からすっぽりと剣が弾き飛ばされて地面に落ちる。
「うわぁぁぁ……あぁっ」
剣が手から離れてもしばらくは腕を乱暴に振ったが、次第に落ち着きを取り戻す。叫ぶのを止めて、両腕を脱力させた。
「ゴブリンめっ……ゴブリンめぇっ……」
「ミウ、落ち着きましたか?」
「あいつら、あいつらがっ!」
「はい、なんですか?」
私の両肩を掴んで必死の形相で訴えかけてくる。私はできるだけ落ち着いてミウの話に耳を傾けた。
「あいつらが、おじいちゃんやおばあちゃんをっ……!」
「そうでしたか……」
「あいつらがっ、あいつらがっ……うぅっ」
ミウは膝から崩れ落ちた。私はしゃがむとミウの体を優しく包み込む。
「沢山のゴブリンに囲まれて、それでっ……」
「……はい」
「助けたかったけど、隠れてなさいって厳しく言われてっ……私は見ているだけしかっ」
「そう……見ていたんですね」
今まで頑なに口にしなかったことをようやく口にしてくれた。スタンピードで村が襲われた時、祖父母は咄嗟にミウをどこかに隠した。その後、ゴブリンに襲われてしまったのだろう。
「絶対に、絶対に許さないんだからっ! 私が、私がゴブリンを駆逐してやるんだからっ! ううん、ゴブリンだけじゃない。私の大切な場所を奪った魔物を駆逐してやるんだから!」
祖父母が殺されてミウに残ったのは復讐心だ。本当ならそんなものにとらわれて欲しくないのだが、でもそのお陰で今まで生きてこれたという実績もある。だから、無暗にそれを否定することはできない。
体を震わせて泣くミウの背を私は優しく撫でてあげることしかできない。ううん、今はこのままにしてあげたいと思った。
◇
「落ち着いた?」
「……うん、ありがと」
しばらくして私たちは木を背もたれにして並んで座った。思う存分に思いの丈を吐き出したミウは落ち着いた様子で鼻を啜っている。
「……リルは魔物討伐をやめろとは言わないのね」
「ミウがやりたいって言ったので、私はそれを支えることしかできません」
「大人たちはそんな危ないことは止めなさい、復讐なんて無駄だって言ってきた。でも、私はやりたかった」
「それだけ気持ちが強いんですね」
「リルは否定しないのね」
私も今まで好きにやってきた身だから、ミウの気持ちを止めることはできないと思った。そんなに強い気持ちを持っているなら、それを原動力にすればいいとすら思っている。
「さっきはゴブリンを見てカーッとなっちゃったけど、もう大丈夫。次からはちゃんと殺す」
「もし、ダメそうならさっきみたいに入りますので心配しなでください」
「リルは簡単にゴブリンを倒せるのね、羨ましいわ」
そう言ってミウは立ち上がり、剣を抜いた。
「私は今度こそやるわ。だから、見ていて。私一人でもできるってことを見てもらいたい」
「分かりました。今度は見てますね。でも、危ないことがあったら問答無用で入ります」
私たちはその場から離れ、ゴブリンを探しに森の中の散策を始めた。初めてきた時に思ったけど、ここの森はゴブリンが多い。だからだろう、すぐにゴブリンをみつけることができた。
「いた、ゴブリンッ」
「落ち着いてください。ミウの実力ではゴブリンは簡単に倒せるはずでです」
「……分かった、一旦落ち着くわ」
ミウは深呼吸をして気持ちを落ち着かせた。そして、剣を構えるとゆっくりとゴブリンに近寄っていく。
「グギャッ!」
ゴブリンもミウに気づき、棍棒を構えた。両者はゆっくりと間合いを詰め、攻撃する隙を伺っている。先に痺れを切らしたのはゴブリンの方だ。
「ギャーッ!」
棍棒を振り上げてゴブリンはミウに襲い掛かった。大きく振った棍棒を振った、だがそれは簡単にミウが避けた。次もその次もゴブリンは棍棒を振るうが、冷静さを取り戻したミウには全く効かなかった。
そして、ゴブリンの大振りが空振りした時、ミウの剣が動く。
「はぁっ!」
ゴブリンに踏み込んで渾身の力を込めた一振りがゴブリンを襲う。剣はゴブリンの体を見事に捉えた。
「グギャーッ!」
体を切りつけられたゴブリンは仰向けになって倒れ、動かなくなった。うん、完璧な一撃だったな。
「ミウ、やりましたね。ゴブリン討伐ですよ」
私が近寄って声をかけると、ミウはゴブリンを見て呆然としていた。
「どうしたんですか?」
「思ったよりも弱くて……」
「厄介なのは囲まれた時ぐらいですから、一体一じゃこれくらいですよ」
「そう、そうなの……」
何かを考えるように目を瞑ったミウ。ギュッと握った手には力がこもり、少しだけ震えている。
「おじいちゃん、おばあちゃん……私、やったよ」
ゴブリンによって殺された祖父母のことを思い、胸がいっぱいになったみたいだ。ゴブリンを倒したことによって一区切りついたかな?
「ゴブリンを倒したことですし、討伐証明をとりましょう。お金貯めも必要ですから」
「うん、分かってる。右耳、だったわね」
ミウは剣先でゴブリンの耳を落とすと、肩掛け鞄の中に入っていた袋に入れた。
「おめでとうございます。これで初のゴブリン討伐成功ですね」
「うん、私でもできた」
「これからはもっと倒すことになります。できますか?」
「やるわ、私。魔物に奪われた分、きっちり返したい」
ミウの目は強く輝いていた。復讐という動機だけど、ミウだったら冒険者としてやっていけるだろう。まだまだ戦い慣れていないけれど、それは今後どうにでもなることだ。
「私、この森のゴブリンを残らず駆逐してやるわ」
「それは頼もしいですね」
「だから、リル今日の私を見てて。これから危なげなくゴブリンを討伐していくから」
力強い宣言に頼もしい気持ちになる。始めはどうなることかと思ったけれど、我を忘れていなければミウはできる子なんだ。ミウの力を信じよう。
「そうですね、ずっと付き合うことができませんので。今日はとことん見守りますよ」
「だったら、ちょっと無茶をしても大丈夫よね」
「それとこれとは話が別です。ちゃんと危なげなく勝ってください。そうじゃないと、また付き添いますよ」
「流石にこれ以上の付き添いは……」
「だったら、ちゃんとできるところを見せてくださいね」
「分かったわよ」
無茶をしないように注意をすると、ミウは少し不貞腐れた。それでもすぐに普通に戻って、森の散策を始める。私はそのミウの後ろに付き添っていく。
その日、ミウは十体以上のゴブリンを討伐することができた。どれも危なげなく勝利していたので、私の心配は杞憂に終わった。どうやら、私の見守りは必要ないみたいだ。
あとはミウの力を信じるだけだ。こうやって、手助けすることがなくなっていくと、どんどん自分の足で歩んでいくんだな。手を離れる寂しさはあるが、それと同時に誇らしく思う。
私が地道に自立していったように、難民のみんなもその自立の道を確実に歩んでいった。まだ、近くで見守っていたい気もするけれど、みんな私の手を離れていった。今度は離れたところから、その成功を祈ることにしよう。
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