329.難民たちの近況
家に住む準備は着々と進んでいった。大きな家具や魔道具を搬入すると、今度は小物類の購入に行った。食器や調理器具、カーペットやスリッパなど……色んなものを買い漁った。
沢山買う物があったので、何を買っていいのか悩む場面もあった。だけど、買い物に付き合ってくれたアーシアさんやヒルデさんのアドバイスのお陰で家の中に物が充実していく。
自分の手で部屋を作るのって楽しい。少しずつ物が増えていく状況にわくわくとした気持ちになった。
その間、暇を見ては難民たちが住んでいる宿屋に行った。何か困ったことはないか、相談したいことはないか、ただ雑談するだけの日もあった。
難民たちははじめは緊張した面持ちだったが、日にちが経つにつれてその表情も柔らかくなる。少しずつこの環境に慣れていっているみたいだ。
そんな日々が続いていくと、難民からある相談事を持ち掛けられた。
「そっか、定職につけるような仕事が見つからないですか」
「数日とか一か月くらいのお仕事ならあるんだけどね」
「長期となると中々見つからないんだ」
長期で安定した働き場所が見つからないみたいだ。そういう良い働き場所に出会えるのは運も必要だし、クエストが貼りだされた時には競争になってしまっている。
「早く長期で安定した職場で働きたいんだけど、難しいかな?」
「探しに行くのも大変なんだよ」
「確かにそうですね。働いている時に長期のクエストが出ている可能性もありますが、長期のクエストを狙ってずっと張り付くのも難しいですよね」
何か良い手はないか真剣に考えてみる。私ができること……そうだ! 今まで働いたところで長期で雇ってくれそうなとこを聞いてみるといいかもしれない。
「分かりました。ちょっとした伝手がありますので、その伝手を使ってみます」
「本当? 助かるわ」
「頼む」
よし、やることができた。早速私は動き出した。
◇
まず、思い浮かんだのが魔力補充をする職場だ。あそこは常に人を求めていたはず。ということで、職場を訪ねてアポイントメントを取るとすぐに会ってくれた。
「やぁ、リル! 久しぶりだなぁ!」
やってきたのは、テンション高めの男性責任者。すぐに近寄ってきて握手を求められた。私はその手を握り返すと話を始める。難民が自立するための施策を実行していること、難民に安定した職場を提供したいことを告げる。
「ふむ、なるほど。働く場があればいいんだな」
「はい、そこでここで長期で雇ってもらえないかと思いまして」
「ウチで働くには一般的な魔力量と言われるDの値を持っている人だ。そういう人物はいるか?」
「はい、五人ほどいました。一人はCでしたね」
冒険者ギルドで各個人のステータスを調べた時、そのステータスを記入したものを紙で渡してもらった。魔力値がDの人が四人、Cの人が一人いた。その話を聞いた責任者は俯きながら体を震わせた。それから、勢いよく頭を上げる。
「素晴らしい! そんなに人数がいたのか! しかも、Cが一人いるとは!」
「喜んでもらえて良かったです」
「あぁ、ここの従業員はほとんどがDから始めた者たちだ。だから、問題ない。むしろ適任だ。その人たちはここで働くことを考えてくれているのかね?」
「はい、事前に話しておいたのですが、長期で働けるところならば働いてみたいということです」
「長期はね大歓迎なのだよ。魔力は使えば使うだけ増えていく、働けば働くだけウチにメリットが増えるんだ。だから、ウチは長期で働く人が多いんだよ」
なるほど、それもそうだ。働けば働くだけ職場にとってのメリットが増えていくんだから、長期の人は逃したくないはずだ。それなら、難民が働く場所として適している。
「では、ぜひその五人を連れて来てくれ。あとはこちらで仕事を教える」
「はい、ありがとうございます」
「もしよかったら、リルも暇があったらウチで働くといい。リルなら連絡もなく来ても、すぐに受け入れるよ」
「ははっ、考えておきます」
男性責任者の鋭い視線が突き刺さった。まぁ、魔力量はあるから誘われるのは仕方ないよね。でも、何もしなくても来てもいいのは行きやすいかもしれない。暇だったら、考えてみるかなー。
◇
次に私は農家に手紙を出した。難民の中には農村から来た人ばかりだったので、農業に携わっている人が多い。その能力を発揮できないのは宝の持ち腐れだ。
難民たちにまた農村に住みたい人はいるか? と聞いたら、ちらほらと希望する人がいた。その人たちは町にあんまり馴染めていないので、できれば農村に戻りたいと思っているようだ。
スタンピードで農村は大打撃を受けたので、きっと農村でも人手不足が加速しているはずだ。そこで新しい働き手が居ればきっと喜んでもらえるだろう。
しばらくすると、農家から手紙が届いた。残念なことに人が減ってしまった農家もいて、人手不足が加速しているらしい。だから、新しく農民がくることは大歓迎みたいだ。
息子夫婦を亡くしてしまった老夫婦の農家、頑固なじいさんだけになってしまった農家。この二つの農家が人手を募集しているということだった。
その話を農村に戻りたいと考えていた難民たちに話した。すると、二組の難民が名乗り出た。前者には恋人同士の難民が手を上げ、後者には子供がいる夫婦だ。
私はまずトリスタン様に相談をして、難民が農村に移ることを伝えた。了解を得ると、今度はその農村の村長宛に手紙を出し、実情を伝えて新しい難民を農民として受け入れてもらえるように相談をした。
すると、村長から許しを得た。村長としては農民が増えること歓迎することだから、いつでも連れてきて欲しいということだ。私は農村に移動する難民たちと一緒に馬車に乗り、農村へと向かった。
農村に辿り着くと、まだスタンピードの爪痕が残ってはいるが大分復旧している様子だった。これなら、住むのに問題はないはずだ。私たちは村長の下を訪れ、下宿させてもらう村人に会うことになった。
「お世話になる人たちを連れてきました。どうか、この人たちを受け入れてくれませんか?」
「私らのような老夫婦のところに若い人がいてくれると助かる。こちらこそ、よろしくお願いしたい」
「わしは農業には煩いぞ。だから、根気のない奴は追い出すかもしれん」
穏やかな老夫婦と頑固なおじいさんと難民たちは面会した。老夫婦の方は穏やかに話が進み、話がまとまったみたいだ。頑固なおじいさんの方はどうやら連れてきた子供に絆されて、なんだかいい雰囲気で話がまとまった。
「では、みなさん。こちらに移住しても元気にやってくださいね」
「色々面倒をかけてすまなかった。新天地で頑張ることにするよ」
「ありがとう、リルちゃん。リルちゃんがいなかったら、また農村に来ることなんてなかったわ」
「はい、みなさん頑張ってくださいね。困ったことがあったらいつでも手紙で知らせてください」
こうして、二組の難民たちの新しい移住先が決まった。宿屋が空いてしまったので、また新しい難民を入れないといけない。管理をしている人に言って、難民の村から人を連れてこないといけないね。
村から戻った私はすぐに管理を担当している人に連絡をして、新しい難民を入れるように進言した。私が直接行って見繕ってもいいのだが、私の手から離れてしまったから頼むしかない。
そうやって細かい部分の調整をしていると、ミウに呼ばれた。
「お金が貯まったわ。私を冒険者にして」
どうやら、次のステップに進めるようになったらしい。だったら、力を貸さないわけにはいかないよね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます