327.施策実行後
その翌日も私は難民たちを連れて冒険者ギルドへと向かった。
「今日から本格的に仕事を探してもらいます。朝は色々なクエストが貼りだされる、またとない機会です。この機会に自分がやりたいと思う仕事を見つけましょう」
歩きながら簡単に説明をする。
「朝はとにかく人が多くて混雑しています。そのせいで、いい仕事があればすぐになくなってしまいます。だから、朝は競争になりがちです。その競争に勝って、いい仕事を見つけてくださいね」
朝のクエスト前の混雑は凄まじい。その壁を乗り越えなければいい仕事は手に入らない。みんなに気合を入れるようにいうと、誰もが真剣な表情になった。
早めに来たお陰で冒険者ギルドの前には人がほとんどいない。ほぼ先頭に並び、冒険者ギルドが開くのを待つ。しばらくすると、求職者たちがどんどん集まってきた。
その人の多さに難民たちはちょっと戸惑っている。この人数の中で競争してクエストを勝ち取らなければいけない、その現実を見てちょっと引いてしまっているみたいだ。
「みなさん、気合を入れましょう。ここからは競争です、絶対に負けないでください」
再度、気合を入れる言葉をかける。すると、冒険者ギルドの扉が開き、職員さんが出てきた。
「冒険者ギルド、開始します。中にお入りください」
素早く職員さんが避けるのを確認すると、私は駆け出した。その後に難民たちも遅れないようについてくる。すると、後ろにいた求職者たちがどっと押し寄せてきた。
すぐにクエストボートの前に陣取ってもらい、クエストを確認してもらう。初めてのことで難民たちは慣れないながらも、クエストを見るスペースを確保していい仕事を探していく。
私は一度その場から離れて、難民たちを見守った。服装もちゃんとしているから、他の求職者たちと変わりない姿をしている。見た目で断られることはなさそうだ、このまま仕事が見つかればいいんだけど。
困ったことがあったら、すぐに手助けできるようにそのまま見守っていく。
◇
難民たちはやってみたい仕事を見つけ、それぞれ仕事に向かっていった。中には今日見つからなかった人たちもいて、その人たちは町の散策へと乗り出していった。
今日の見守りが終了した私は屋敷へと行き、一連の流れを報告書に記入する。その報告書を出して、今日の仕事は終わった。
その翌日もまだ仕事が見つからなかった難民たちを連れて冒険者ギルドへとやってくる。仕事が見つかるようにアドバイスをしたり、クエストの内容を一緒に精査したりなんかもした。
そうやって少しずつ働き始める難民たちを増やしていき、安定した給与を貰う体制を整える。一番は定職を見つけることなんだけど、それは運の要素も絡んでくるからすぐには見つからないだろう。
今日も難民の見守りが終了し、私は屋敷へと向かった。どうやら今日はトリスタン様からお話があるみたいで、そのお話を聞きに行くために屋敷を訪れた。
屋敷に到着すると、すぐに応接室に通されてしばらく待たされた。紅茶を飲みながらゆっくりとしていると、扉が開きトリスタン様が現れる。
「やぁ、待たせたね」
そう言ってトリスタン様は私の目の前に座った。
「昨日の報告書を読ませ貰ったよ。実に良くできた報告書だった。要点が分かりやすくまとめられていて、スラスラと読めたよ」
「ありがとうございます。頑張ってまとめたかいがありました」
「あぁ、実に良かった。今日はその報告を受けて、決めておきたいことがあって呼び出した」
報告書を褒められて嬉しかった。忙しいトリスタン様が無理なく読めるように色々と工夫をして書いたから、そのかいがあったよね。
でも、決めておきたいことってなんだろう?
「報告書を読んで気づいたんだが、施策は実行されて上手く運用もできているで間違いないか?」
「はい、間違いありません。あとは難民たち自身が自立に向けて動いていくだけとなっています」
「はじめは何もない状態だったが、良くここまで施策を纏め、実行してくれた。お陰で難民を町民に変える手筈が整ったな。こんなに早く解決するとは思わなかった、リルのお陰だな」
「いえ、全てはトリスタン様が決断してくださったお陰です。仕事がやりやすかったですし、私だけの力でもありません」
私の考えに全面的に肯定を示してくれて、お金を出すところはしっかり出してくれたお陰で仕事が早く進んだ。決して私だけの力ではないことは確かだ。
「そうか、それが聞けて良かった。大変な状況で良くここまで施策を実行してくれた。改めて礼を言おう」
「ありがとうございます」
「それでだ、今後の話をしなくてはいけない。施策は実行され、残りは難民たちが自立を目指していくだけとなった。ということは、我々の手を離れて動き出していくことになる。リルの仕事はこれでおしまいになるだろう」
そう、もう私にできることは残されていない。報告書にもそう書いたし、それは事実だ。
「今後の管理、運用は我々に任せてもらうという形にはなるがそれでもいいか?」
「恐れながら、お願いがあります」
「なんだ、言ってみろ」
「今後も難民たちの生活を見守っても大丈夫でしょうか? まだ完全に手を離すのは心もとないと思っています」
「ふむ、それもそうか」
ここまで手を尽くしてきて、いきなりさようならではあんまりだ。まだ様子を見たい人だっているから、完全に離れることはしたくはなかった。
「だが、いいのか? リルは冒険者だ、冒険者の仕事もあるだろう」
「その合間に様子を見ることができると思います。同じ難民だった者として、まだ見守っていてあげたいんです」
「そうか、そういうことならリルの思った通りにやるといいだろう。こちらからは施策を維持する管理者はつけておく、リルはそれとは別に動くといいだろう」
「ありがとうございます」
まだもう少し見守ってあげたい、その気持ちが通じたのかトリスタン様から許可が下りた。私の仕事は終わったけれど、これからも様子を見に行こう。
「リルがそこまで難民を思っていてくれて嬉しいぞ。難民は自立をすれば、領民に変わる。そんな者たちを捨てはおけないからな」
「そうですね、しっかりと支援さえすれば領民に変わります」
「同じ志の仲間がいるようで嬉しく思う。時に、リルはこのまま冒険者を続けていく気かな?」
「はい、その予定ですが」
冒険者なんだからその通りなんだけど、どうしたんだろう?
「リルさえ良ければ、官吏の試験を受けて私の傍で働いてくれないか?」
「私がトリスタン様の傍で働く……ですか?」
「あぁ、このような逸材がいたとは驚いてな。施策を考えてまとめた力、それは素晴らしいものだった。ぜひ、私の力になって欲しいと思う」
えぇ!? あの話は本気だってっていうこと? それに官吏って、国の下で働く官のことだよね? 私が領地経営みたいな仕事ができるなんて思えない!
「私にそんな力はありませんよ。今回はたまたま上手く施策を考えることができて実行できただけですから。トリスタン様の力がなかったら、ここまで上手くいきませんでした」
「そうか? 私はリルの持つ力のお陰でここまで施策ができたと思っている。そんな力を持った人を野放しになんかできるはずはないだろう」
なんだか過大評価されているような気がする。うぅ、私に官吏の仕事なんて勤まらないと思うけど。でも、強く拒否ができないから、どうすればいいんだろう。
「ですが、私は冒険者なので……魔物討伐という立派な仕事もありまして」
「むっ、それもそうだな。リルはその年齢で高ランクの魔物を沢山倒してきている。そんな冒険者にいてもらえたら、町としても大助かりだ。むむっ、これは悩むな。官吏になってほしいが、冒険者としてのリルも……」
トリスタン様は腕を組んで真剣に考え始めた。官吏の仕事かぁ……難しい仕事になるんだろうか? 私の力でこなしていける仕事だったらいいんだけど……って、私もその気になってきてる!
「今すぐには決められないな。リルとは今後もいい関係を築いていきたいと思う。頼みたい仕事があれば、また呼び出すと思うが……大丈夫か?」
「はい、光栄です」
「そうか、そうか。そうそう、報酬の素材はもう少し時間がかかるらしい。全て揃ったら連絡する」
「ありがとうございます」
官吏になって傍で仕える、以外の話は思った通りに進んだ。私の仕事はこれでひと段落して、あとは報酬を受け取る日を待つばかりだ。
ようやく時間ができたから、今度こそ自分の家を整えていこう。自分の家に住むことが大きな目標だったから、その時が楽しみだ。
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