322.施策実行前

 私が考えた施策は通った。具体的な数字を出したことにより、トリスタン様はすぐに必要な費用を出してくれた。そのお金を受け取ると、早速支援の第一弾を開始する。


「これが領主様からの支援金です。これを使って、必要なものを買い揃えてください」


 支援の第一弾として私は宿屋にやってきた。売上が全くない状態で大勢の難民を受け入れることはできない。その支度金としてトリスタン様は費用を出してくれた。


 目の前にお金を差し出された老夫婦はそれを見て驚いた顔をした。


「こんなに沢山のお金を領主様が? 本当にいいのか?」

「はい、このお金を使って受け入れる体勢を整えてください」

「これだけあれば、十分に迎い入れることができるわ。本当にありがたい」


 老人は驚き、老婆は手を合わせて感謝をした。


「あと、必要なことはありますか?」

「そうねぇ……宿屋が汚れているのでそれを綺麗にしたいわ。こんな状態じゃ迎い入れることはできないでしょう?」

「宿屋の掃除ですか……」


 確かに、この宿屋は薄汚れている。長年放置した汚れや、体が悪くなってから手が届かなくなった汚れなど様々ある。だけど、この掃除をするとなると、かなりの人手がいることになる。そうなるとお金がかかってしまう。


 ということは、ここはあの手しかない。


「掃除はしなくても大丈夫です。宿屋の掃除も難民で行いましょう。それを初めの仕事にして給金を支払います。その給金は領主様からの支援金から出しましょう」

「そんなことまでしてもらっていいのか? 何もかも難民の人たちにやらせるのは……」

「給金を支払うので大丈夫ですよ。それにしばらく自分が住む場所ですから、少しでも愛着を持たせるためにも自分で掃除をしたほうがいいでしょう」


 労力がそこにあるんだったら利用しない手はない。ここに着いた翌日は宿屋の大掃除をすれば、きっと綺麗に蘇るだろう。自分で綺麗にするのは愛着もつくし、いいこと尽くめだ。


「あと、事前にやっておくことはありますか?」

「事前に……そうそう。寝具が汚れているので、それを綺麗にできればと思う。流石に汚れたままの寝具で寝てもらうのは申し訳ない」


 なるほど、しばらく宿泊者がいなかったから寝具も汚れた状態なのか。これは難民が来る前に終わらせた方がいいだろう。でも、どうやって……ってここに労力がある!


「それでしたら、私に任せてください。寝具類を全て洗濯します」

「全ての寝具をか? それは流石に無理なんじゃない?」

「使っている寝具と予備の寝具もあるんだぞ? 数が半端ないと思う」

「大丈夫です。これでも宿屋の仕事をやったことがありますし、洗濯は私の仕事でした。私に任せてくれれば、寝具をピカピカにすることができますよ」


 お金を払わずに寝具を綺麗にする方法、それは私自身が綺麗にすることだ。私の労力にはお金が掛からないし、経験者だ。まさに適任者と言えるだろう。


 老夫婦は顔を見合わせると、笑い合った。


「あんたはすごいな。難しいことを考えると思ったら、こんな宿屋の仕事までできるなんて」

「一体今までどんな仕事をしてきたの?」

「色々な仕事をしてきましたよ。その経験が今回に生かせられるみたいで良かったです。話すことがなければ、このまま寝具を洗いに行きますがどうでしょうか?」

「うむ、あとは準備を勧めて難民を受け入れるだけだ」

「それでしたら、寝具の洗濯を始めますね。場所を教えてください」

「それだったら、私が案内するわ。あなたは準備を進めてくださいな」


 私たちはイスから立ち上がると、自分のやるべきことへと向かった。ここで宿屋で働いた経験が生かせるとは思わなかった、色んな仕事をしてみるもんだな。


 ◇


 私は二日かけて宿屋にある寝具を綺麗に洗濯した。魔法を使って寝具を洗うので老婆には驚かれたが、同時に称賛される。こんな魔法があれば素敵だと、老婆は目を輝かせて言っていたことがとても印象に残った。


 宿屋でやることを終えると、今度は冒険者ギルドにやってきた。もちろん、今回の件を説明して冒険者ギルドに協力を求めるためだ。私は久しぶりにアーシアさんと話し合いの場を設けた。


「リルちゃん、依頼は順調に進んでる?」

「はい、順調に進んでます。それで私が受けている依頼について、冒険者ギルドに協力してほしいことがあって来ました」

「そうなの。詳しく話を聞かせてもらえないかしら」


 私はアーシアさんに今回の件を詳しく伝えた。スタンピードの影響で難民が増えて大変だということ、多くなった難民を減らすために町民に変えるようにするための施策。


 その施策として宿屋に難民を泊まらせて、町で働かせること。アーシアさんは真剣に話を聞き、状況を理解していった。


「なるほどね、今そんなことになっていたの」

「はい、それで協力して欲しいことがあって来ました」

「町で働かせる、という部分ね」


 流石アーシアさん、呑み込みが早い。


「難民を冒険者ギルドに登録して、働いてもらおうと考えてます。一度に沢山の人数が詰めかけてしまうので、事前に都合のいい日時を決めて、受け入れ態勢を整えてもらいたいのです」

「そうね、いきなり三十八人も来たら大変なことになるわ。それにそれが忙しい時間だと混乱するかもしれない」


 事前予告もなく三十八人が詰めかけると冒険者ギルドに迷惑がかかる。そのせいで十分な説明を受けられない可能性もあるから、そうなってしまったら困るのはこちら側の方だ。


 だったら、事前に話を通してもらい、都合のいい時間帯を指定してもらえばいい。そうすると、冒険者ギルド側にもこちら側にも利便性がある。


「そういうことなら、日程を詰めましょう。何日ぐらいに来るのかしら?」

「難民の村まで往復四日かかりますし、宿屋についたらやりたいこともあるので……七日後くらいでどうでしょう」

「七日後ね、分かったわ。じゃあ、時間は空いている昼の一時ぐらいにしてもらってもいいかしら」

「では、七日後の午後一時ですね。その時間になりましたら、こちらに伺います。話を受けてくださって助かります」

「いいのよ、登録者が増えるのは冒険者ギルドにとってもいいことだから、どんどん人を連れてきなさい」


 これで冒険者ギルドでやることは終わった。スムーズに仕事が見つかればいいんだけど、こればっかりはその時の状況にも寄るからなぁ。すると、アーシアさんがクスクスと嬉しそうに笑いながら話しかけてきた。


「リルちゃんが冒険者ギルドのことを思ってくれて嬉しかったわ」

「以前、働いていた場所ですし、その人たちのことを考えると迷惑はかけられないなって思いまして」

「今でも私たちのことを思ってくれることが嬉しいわ。その気持ちに応えるためにも今回の件はしっかり対応させてもらうわ」

「すごく頼もしいです。どうか難民たちのこと、よろしくお願いします」


 アーシアさんの言葉に助かられている。頼りになるアーシアさんの言葉を聞き、私は頭を下げた。これで難民脱却への道は開けた、あとは実行するのみ。


 この後、難民の衣服を整えるために以前働いていたお店を訪ねた。そこで大量の服を買う話をして、大量購入と引き換えに割引をしてもらうことになった。


 割り引いてもらえて本当に助かった。これで少しは資金に余裕ができるかな? その分、難民たちに使えるお金が残せればいい。

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