321.プレゼン
今回の施策を実行するために、色んな詳細をまとめた資料ができた。それを伝えると、トリスタン様はすぐに時間を取ってくれた。応接室でドキドキしながら待っていると、トリスタン様がやってくる。
「待たせたな」
「いえ、大丈夫です。お忙しい中、時間を取ってくださりありがとうございました」
「大事な話だからな、資料だけじゃなくて直接話して決めたかったからな」
そう言ってソファーに座ったトリスタン様の目の前に紙の束を差し出した。それとは別に私の手元にも資料がある。両方とも、私が手書きをした資料だ。
「ほう、これがリルの作った資料か……」
話す前にトリスタン様は資料をペラペラと捲って軽く目を通した。はじめはなんてことない表情をしていたが、その表情は次第に抜け落ちていく。
最後まで見たかと思うと、再び資料を初めから読み直して今度は真剣な目で文字を追い始めた。これは説明を初めてもいいのかな?
「あの、トリスタン様……説明はいかがしましょう」
「あ、あぁ……すまない。つい、夢中で読んでしまった。では、初めから順を追って説明してくれ」
「では、始めさせていただきます」
私は咳ばらいをすると説明を始めた。まず施策の概要から話し、分かりやすく説明する。それが終わると、具体的な内容に入っていった。
「では、資料の二ページ目に移りたいと思います。こちらの資料は宿屋を経営する中で必要となる経費になります。先に説明した通り、食事、洗濯、掃除は難民自身で行うことになっておりますので、他の宿屋と比べてその分運営費が安く済みます」
「普通に宿屋を経営した場合と大分差があるな」
「それだけ食事、洗濯、掃除が宿屋に取って主要な仕事になっているからです。その主要な仕事がなくなれば、経費は大分削れることになります。費用としてかかるのは、その時に使う食材費や道具などの雑費くらいでしょう」
今回行う施策で普通の宿屋と違うのは、主要な仕事を難民自身に行わせることだ。その分の従業員がいらないので経費が安く済むこと、老夫婦が生活できる程度の利益で満足しているので、その分安く済んでいる。
ここで高くつくものと言ったら食費と土地の賃料くらいだ。細々と支払う物は他にもあるが、一番支払うべき労働力の経費が老夫婦分くらいしかないので他の宿屋に比べると安くなる。
「ひと月の大体の経費を算出しましたが、いかがでしょう?」
「ふむ、他の宿屋と比べて安いということは分かったな」
「では、次のページに進みます。次に難民への支援についてのお話になります。トリスタン様は難民への支援を考えているようですが、私の方でどこに支援をすればいいのかまとめました」
「そうだな、多くは出せないがそれなりの支援をと考えていた。具体的な案は……宿泊料の支援、それか宿屋への直接支援か」
「前者はこのまま宿屋が継続して経営した場合、難民一人につき宿泊料が掛かります、そこを支援する案です。後者は宿屋を買い上げた時に宿屋が継続して経営できるように支援をする形になります」
トリスタン様は難民への支援を考えていたが、具体的にどこにどれくらいのお金を出すかまだ決めていなかった。だから、私の方で案を出してみた。
その一つとして宿泊料の支援か宿屋を買い上げた時の宿屋への直接支援だ。この支援があれば、難民は働いたお金を貯めることができるし、宿屋への直接支援があれば生活に掛かる費用が少なくて済む。
「なるほど、このような形で支援をすることができるのか」
「はい、次のページには具体的な支援の数字をまとめさせていただきました。その支援をどれだけ厚くするかによって、難民が自立する期間に差をまとめさせていただきました」
「ふむ……毎月の支援を厚くして早めに難民を自立させるか、それとは逆に支援を薄くすればこれだけ自立をするのが遅れるのか」
支援の差で難民が自立する期間が違ってくる。それを分かりやすく数値でまとめてみた。その部分をトリスタン様は真剣に読み込み、分かったように頷く。
「これは素晴らしいな。どれだけの支援をすれば、難民の自立にかかる期間が分かる」
「ありがとうございます。不足の事態もあると思いますが、大体の予想は立てることができます」
「これを作るために色んなことを調査したのだろう?」
「はい。難民がひと月で得られる凡その給与から自立した先にかかるひと月の費用まで計算しました。そのために色んなところの費用を調べたり、まとめてできたのがこの資料です」
この資料を作るのに、色んな面から費用を計算した。それを計算したうえで、今回の資料を作った。その費用を調べるのが本当に大変だった、だけど満足いく資料ができたと思う。
「ふむ……難民の自立への早めて回転率を上げるか、それとも支援を少なくして費用を抑えるか。どちらも利点がある、どちらを選ぶべきか悩むな」
難民を減らすのを重点におくか、費用を抑えることを重点におくか、こればかりはトリスタン様に判断をしてもらわないと困る。ここは一つ、アドバイスでもしよう。
「途中から施策を切り替えることもできます。はじめは難民が多いので支援を手厚くして、難民が減った時に支援を少なくする手もできます」
「それでは不公平感があるのではないか?」
「ありますね。自立するのに時間がかかるようになるので、難民にとってもトリスタン様にとっても悪い話になるでしょう」
「私にとっても? ……そうか、税を納めるのが遅れるのか」
「はい、費用を抑えるとその分入ってくる税が遅れることになるでしょう。今ある資金を残しておきたいのか、今後増える資金を増やしておきたいのか、今の財政を見て決めるのがいいでしょう」
トリスタン様は腕を組んでしばらく考え込んだ。まぁ、どっちを取るのかはトリスタン様のセンス次第かな。しばらく待っていると、強く頷いたトリスタン様が口を開く。
「よし、はじめは費用を抑えていく。スタンピードの影響がある今、どこにどれだけのお金がかかるか分からない。抑えても平気そうなら、今は耐えるべきだろう」
「では、宿屋は買い上げるのではなく、そのまま継続で宿屋を経営して貰うことにします」
「うむ、そのほうがいい。支援は難民への宿泊料の一部支援だったな」
「はい、全額ではなくてもいいので一部です。それでも、大分助かることになると思います。あっ、町に移った時に必要な初期費用についても書かれてありますのでそちらもご覧ください」
スタンピードの影響がある今、どこでどれだけのお金がかかるか分からない。だから、費用を抑えて行くのは妥当な線だろう。財政が破綻してしまえばそれこそ取り返しがつかないからだ。
難民の自立はその分遅れるだろうけど、難民の村は復興中なのできっとなんとかなるだろう。これで、難民が町民に変える道筋が見えてきた。
「難民を町民に変える、漠然とした考えていなかったが、リルのお陰で道筋が見えてきたな。どうやって支援しようか悩んでいたが、こうして案を出してもらえて助かった」
「少しでもトリスタン様のお力になれたなら幸いです」
「金を出せば上手くいく、そう思っていたんだが具体的な内容を考えてはいなかった。ここまで施策の内容をまとめてくれ、私の考える時間が減った。随分と楽をさせてもらったよ」
「いえ、任せてもらって恐縮です」
トリスタン様から依頼されたのは難民を町民に変えること。その他の指示はなかったため、一からこの施策を考えることができた。それがトリスタン様のためになったのなら、頑張ったかいがあったというものだ。
トリスタン様が姿勢を緩めると、こんなことを言ってきた。
「それで、リルは官吏を目指しているのか?」
「えっ、いえ……そのつもりはないのですが」
「そうなのか? ここまで施策を考えることができ、素晴らしい資料を作れる力もある。まさに官吏の仕事に相応しいい技量だと思うが?」
全く予想外のことを言われてビックリした。そのつもりはなかったけれど、今回のお仕事はそれに近いことをしていたのだろう。前世の記憶を使いつつやったから、そのせいで評価が上がってしまったのかな?
「私はただの冒険者ですから、それに元難民ですし。官吏なんてとても……」
「ただの冒険者であり元難民でもある人物がここまで施策をまとめるなんて、中々ないぞ。ふむ、冒険者にしておくのが勿体ないな……」
ふむ、と真剣な顔をして考え始めたトリスタン様。そんなに真剣に考えないでー、私は普通の冒険者で満足だよー!
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