318.一案
トリスタン様は興味深そうに顎に手をやった。
「宿屋、そうかそれなら難民を町の中に住まわせることができる。だが、普通の宿屋となると宿泊料金が高くなることがあるだろう」
「はい、普通の宿屋なら宿泊料金が高くつくでしょう。そこで利用するのは経営困難な宿屋です」
私は姿勢を正して、説明を続けた。
「宿泊者がほとんどいない宿屋を利用することで、費用を抑えようと思います。これには二つのやり方を考えました。これだけの大人数を住まわせるので、宿泊料金を安くしてもらえるように交渉するんです。すると、宿屋も宿泊料金はやすくなるがまとまったお金が入ってくることを喜ぶはずです」
「今まで宿泊者がいなかった分、一定の売り上げを見込めるようになるな。それは経営困難な宿屋にしては願ったりの話だ」
「もう一つは宿屋を安く買い上げる方法です。前者は継続的な宿泊料金を支払わなければいけませんが、後者は宿屋を買い上げることで宿泊料金を発生させない方法です。経営困難な宿屋なので安く買い上げることができます」
継続的に宿泊料金を払う方か、一括で支払う方か、これはトリスタン様に判断を委ねるしかない。
「ふむ、どれくらいお金がかかるのか資料が欲しいところだな。今の状態では判断がつかない」
「それでしたら、これから調査をしようと思いますので、その過程で資料を作らせてもらいます。では、次に難民たちをどうやって町民に変えていくかの話になります。お金を稼ぐ手段として、難民たちには求職者や冒険者になってもらいます」
「そうだな、町民になるためには自ら働かないといけない。その手段は必要だと思う。リルはそうやって、町に住む権利を得たのだろう?」
「はい、私の経験からそのように働いたほうがいいと思いました。色々な職場で働き、その内に定職を見つけてもらう。それを目標にして働いてもらうことになります」
町民になるには働くことが重要だ。これは私も経験したことだから、すぐに思いついたことだ。難民を冒険者ギルドに登録させて働かせて、お金を稼がせる。そうして、独り立ちに必要な資金を貯めてもらう。
「定職を見つけて、働いたお金で市民権を買い、住む場所を見つけて独り立ちしてもらう。これが大まかな流れになると思います」
「定職を見つけるのが肝になりそうだな。市民権もそれぞれで買ってもらうと、こちらとしても出す金が少なくなって助かる」
「市民権も安くはないですからね、それなりの数の難民を町民に変えるには大きな資金が必要になります。それらは個別に働いて、稼いでもらうことにしましょう」
定職を見つけて市民権を買う、これは難民を町民に変えるには必須だ。定職がないと生活は困ったことになるし、市民権がないと町の住宅には住めない。だから、この二つを最大の目標として動いてもらう必要がある。
「それで難民が支払うお金ですが……」
「難民たちが支払う? どういうことだ」
「難民たちに自立した生活を送ってもらうために、住む場所や食べる物の費用の負担をさせようと思っています」
「働いたお金でそれを支払わせるということか」
「はい、なんでも支援に頼り切っただけではダメだと思うんです。町民になった後もしっかりと生活をして欲しいので、町民になる前に自立して生活するということを体験して貰おうと思います」
難民として生活していた頃は支援に頼りっぱなしになっていて、それだけだと生活力が上がらない。私はお手伝いをしていたから、そういう経験ができていたけど、そういう経験がない人は何にお金がかかるのかを理解してないところがある。
だから、難民として町で生活する中でどんなことにどれくらいのお金がかかるかを体験してもらう必要がある。一食にかかるお金、一着にかかるお金、住むのにどれくらいのお金がかかるのか。それらを体験してもらって、自立した時に生かしてもらう。
「でも、そういう細かいところを難民に支払わせるといい面もあれば悪い面もあります。いい面はこちらの支援する資金額が減少するということです。スタンピードの復興などでお金が掛かる今、少しでも節約したいのであれば難民に支払わせるべきです」
「そうだな、細かいところでも積み重なれば大きなお金になる。これから復興に向けて資金を使うことになると思うから、そういう細かいところでお金を使うことがないのは助かるな。それで、悪い面は?」
「悪い面は自立するのに時間がかかるということです。日常的に支払うお金が増えれば、それだけ自立するのに必要なお金を貯めるのが遅れます。自立するのが遅れると難民を受け入れる速度が落ちて、施策が遅れがちになります」
「確かに悪い面だ。私としては早く難民を町民に変えていきたいが、そうなると細々とした費用を出さなければならないということか」
難民自身に必要な生活費を出させて支援の金額を減らすやり方をすれば、自立するための資金貯めが遅れがちになる。もし生活費を出して上げるとしたら、自立するために必要な資金は早く貯まる。
両方とも一長一短で優劣つけがたい。トリスタン様は早く難民を町民に変えたいと言っているが、後者のほうがいいと思っているのだろうか? それにしては、結構悩んでいるようにも見える。
難民を町民に変える施策も、税金を納める人を増やすための側面もあるのだろう。領内に税金を納めていない人がいるのであれば、野放しにはできないし、しっかりと税金を払えるところにいて欲しいと思うのが統治者の素直な気持ちだ。
「今時点ではなんとも言えないな」
「それでしたら、そちらも資料を作っておきます。以上が私が今考えている施策の内容ですが、いかがでしたでしょうか?」
「うむ、問題ない。どの案も素晴らしいと思った、この調子で進めておいてくれ。進展があれば、その都度報告するように」
「はい、早速この後動いていこうと思います」
報告会は終わり、トリスタン様の許しも得た。実際に行動を開始しよう。
◇
まず、私がやるべきことは施策で使う宿屋を見つけることだ。広いコーバスの中、そんな宿屋を見つけるのは困難だ。だから、私は伝手を使うことにした。
以前、働かせてもらった宿屋の伝手だ。同業のことは同業に聞くといい、と思ったので私は早速手紙を書いて廃業寸前の宿屋を紹介してもらえるようにした。
手紙を出して数日後、返事が届いた。その内容は簡単な挨拶文と近状報告の後に、廃業寸前の宿屋のことが書かれてあった。やっぱり同業だから廃業寸前の宿屋のことは詳しく知っていた。
長年宿屋をやっているところを紹介された。一組の老夫婦がやっている宿屋で、もしかしたらコーバスで一番古い宿屋になるかもしれないところだそうだ。
建物が老朽化したせいで、宿泊客が離れてしまったみたい。老夫婦も年をとって体の自由が利かなくなり、宿屋のメンテナンスも滞っていて荒れ果てたようになってしまった。
でも愛着ある宿屋を手放したくない、その一身で宿屋を継続したいと思っているらしい。もし、宿屋を利用したいのであればなんとか力を貸してやってくれ……と手紙には書いてあった。
なるほど、状況は分かった。だったら、この話は老夫婦にとってもいい話になるはずだ。私は早速その宿屋を訪ねることにした。
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