315.畑の復興(2)

 難民の村に以前から住んでいた人は気力を取り戻した。領主様に見捨てられていなかったこと、畑が復活するかもしれない……この事実が難民の心を動かした。


 このまま畑の復興作業に取り掛かるのもいい。けれど、このいい流れを生かすために、新しく来た難民たちを巻き込もうと思った。人の元気は伝染するから、新しくきた難民にも元気になってもらいたい。


 みんなの協力を得て、作業を開始する前にその人たちに声をかけて回ってもらうことにした。村に戻ると、元気を取り戻した難民たちは早速新しい難民に声をかけ始めた。


「聞いてくれ、畑が復活するかもしれないんだ。食糧不足に悩むことがなくなるかもしれないんだ。だから、力を貸して欲しい」

「領主様は私たちを見捨ててはなかったわ。だから、大丈夫。ここで生きていけるから、そのための力を貸して欲しいの」

「ここにいたって何も変わらない。良くしていくために、動き出そう」


 村のあちこちで声が聞こえる。以前からいた難民が新しく来た難民に声をかけていた。気落ちしていた人たちはその話を聞いて、顔を上げているが中々動き出さない。


 それでも、根気強く声をかけ続けた。すると、立ち上がる人たちが徐々に増えてきた。


「そうだよな、こうしていたら食べる物も集まらない。自分の食べるものは自分で確保しなくちゃな」

「領主様に見捨てられてなくて本当に良かった。少しは生きる希望が見えてきたかな」

「何ができるのか分からないけれど、協力させてくれ」


 この村に来て生きるだけだった生活が変わり始める。自分の生活を豊かにするためにも動き出して、畑の復興を手がけよう。そんな意識が芽生えて広がっていった。


 立ち上がる人たちを見て、私も黙ってはいられなくなった。テントの脇で座っているだけの女性に声をかける。


「今、お話いいですか?」

「話?」

「この村の現状を知っていますか? 難民で溢れ、畑は踏み荒らされてとてもいい状況とは言えません」

「そんなの分かっているわ。もう、この状況から抜け出せないのよ……何をしたって無駄なの」

「そんなことはないです。動き出せば状況は良くなります。踏み荒らされた畑を復興する手立てを見つけました、一緒に畑を蘇らせませんか?」

「あんな畑を復興することができるの? でも、私は畑仕事をしていたわけじゃないし……」


 どうやら畑の現状を知っているみたいだ。知っていたとしてもできることがないと女性は嘆いて諦めている。その女性の手を取ってギュッと握ってみせた。


「とても簡単な仕事です、誰にだってできます。ただ、人手が足りないんです。少しでも畑のことを思ってくれているのなら、協力してくれませんか?」

「……本当に畑を復興できるの? あの畑がなかったら食べる物がないって言っていたのは聞いていたわ。だから、食べる物がなくなる未来を見て絶望していた」

「大丈夫、食べる物はできます。これからみんなで育てましょう。そしたら、ここで生きていくこともできます」

「生きること……」


 女性の目に少しずつ力が戻ってきたような気がした。


「諦めないでください。自分の手で少しずつ環境を良くしていくんです。もし、自分の力だけでは無理な時は他の人を頼りましょう。そうやって補っていけば、環境は良くなります」

「……そうよね、諦めていたら何も変わらない。私、畑の復興を手伝うわ。何ができるか分からないけれど、黙っているよりも動いているほうがいいもの」

「良かった……人が集まっているところに行ってください。その内、説明が始まります」


 その女性は力を取り戻し、立ち上がって自らの足で進んで行った。これで前に向かって進んでくれればいい、その女性を心の中で応援する。


「よし、他の人にも声をかけなくっちゃ」


 立ち上がった私は他に人がいないか探した。しばらく探し回ってみると、木の下に一人の少女がいるのを見かけた。私と同じ年くらいに見えるけれど、一人なのかな?


「こんにちは」


 声をかけて話しかけると、その少女はゆっくりと顔を上げて睨んできた。


「何?」

「お話してもいいかな?」

「今、忙しいから無理」

「忙しい……何か考え事をしているの?」

「そうよ、どうやって復讐しようか考えているのよ」


 ふ、復讐? この少女に一体何があったんだろう? 気になるけれど、まずは話をしないと。


「あの、今人を集めていて」

「私はいかない」

「でも、ここで一人でいるよりはいいと思いますが」

「一人がいいの、ほっといてよ」


 つん、と顔を背ける少女。どうやら頑なな様子だけど、どうやって説得したものかな。


「ちゃんと食べられてますか? 寝るところはどこですか?」

「聞いても答えないわよ」

「そんなこと言わずにちょっとだけ会話しませんか? 誰かと話すことで気がまぎれるかもしれませんよ」

「そんなことで気がまぎれることなんてしない! もう、話しかけないで!」

「あっ!」


 その少女は叫んだ後、走り去ってしまった。あの少女は頑なで、心を開いてくれない。一体何があったのか気になるが、もう少女はいなくなってしまった。


 何かを抱えていそうにみえたけど、大丈夫かな? 放っておくのは心配だ、やっぱり追いかけて……。と、その時セロが近づいてきた。


「リル、人が集まったようだぞ」

「そうですか、ありがとうございます」

「向こう側を気にして何かあったのか?」

「えぇ、ちょっと。気になる子がいたんですが、逃げてしまって……」

「俺が追いかけようか?」

「いえ、そっとしておいたほうがいいかもしれません」


 あれだけ頑なだと、近づくのも無理かもしれない。今はそっとして、気持ちが落ち着くのを待とう。よし、気を取り直して畑の復興だ。


 ◇


 踏み荒らされた畑にやってきた私たち。その畑を見て、難民の表情が悪くなる。現実を目の当たりにして、復興できるか不安に思ってしまったようだ。


 だから、私は明るい表情を崩さずにみんなの不安を払拭する。


「では、これから作物を復活させるための処置を教えますね。これをやれば、折れた作物も復活してくれるはずです」


 私が話し出すと、不安がっていた難民の表情が変わった。真面目な表情になり、私の話に耳を傾けてくれる。


「まず、折れたところを真っすぐに直します。まっすぐに固定するために二本の棒を近くに刺して、紐で少しきつめに縛って固定します。これであとは作物の力で折れたところが修復し、生育してくれます」


 簡単に処置の話をすると、難民たちは驚いた声を上げた。


「こんなので本当に作物が復活するのか?」

「はい、作物は強いですから。こうして手をかけてあげれば、後は作物の力で傷が回復して生育してくれます」

「千切れてしまった作物はどうなるんだ?」

「千切れてしまった作物は残念ながらこれ以上の生育を望めません。なので、この処置を施すのは折れてしまった作物のみとなります」


 作物が持つ力はすごい。少し手をかけてあげるだけで、傷ついたところが修復されて治ってしまうんだから。全ては無理かもしれないけれど、それでも一部が復活してくれたならありがたいはなしだ。


「折れたところの損傷が激しかったら、このテープを巻きつけてください。しっかりと固定してあげることで、傷は良くなります。このテープは領主様からの支援によって送られました」

「おぉ、領主様からの支援か!」

「領主様はここの畑を見捨てたわけじゃないんだ」

「はい、お忙しい身でここの村に手を尽くせないことを嘆いていました。今も領主様は領内の問題の解消に動いています。その間に私たちは自分たちの問題を解消していきましょう」


 話を聞いた難民たちは力強く頷いた。見捨てられていないのであれば、まだ自分たちは生きてられる。生きる活力が戻っていっているみたいだ。


「では、早速行動しましょう。まずは森に行って棒を集めましょう。その後、作物の処理をします」


 私たちは動き出し、畑の復興が始まった。

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