312.自分にできること
難しい顔をしていたトリスタン様が表情を緩めて話しかけてきた。
「リルが難民たちを? いや、それは私の役目だろう。未来への展望を見せて、それを活力にして自分の手で生活できるように導く。それをしなければいけない」
「ですが、トリスタン様は領内の問題に向き合っています。とてもじゃないですが、難民たちに未来の展望を見せるのは難しいんじゃないでしょうか?」
「確かにその通りだ。だが、それはリルの仕事ではない。私が依頼したのは、難民を町民に変えることであり、難民に展望を見せることではない。私の仕事を押し付けることはできない」
難民が生きやすいように未来への展望を見せる必要がある。そして、それはトリスタン様のような領主じゃないとできない仕事だ。ただの冒険者でしかない私にそれができるのかと言われれば、難しいところではある。
それでもきっとやりようはある。元難民である私が難民に寄り添える考えをできるからこそ、成し遂げられるものがあると思う。
「きっと私にもできることがあると思います。難民を町民に変える仕事はしっかりとやり遂げます、だから難民のみんなに生きる力を教える許可をください」
「だが、しかし……」
トリスタン様は腕組みをして目を閉じて熟考した。しばらく静寂が部屋に降りて緊張感が増した。ドキドキしながら待っていると、トリスタン様は目を開く。
「生きる希望を見せるに当たり、どんなことをしようと考えている?」
難民に見せる希望か……だったら一つだけ心当たりがある。
「踏み荒らされた畑を希望にしようと思います」
「畑か……どうやって希望にする?」
「畑には一部の難民が作物を復活させようと頑張っています。もし、その作物が復活して収穫に繋がれば、それだけで難民の生きる希望になると思うんです。この先も問題なく食事ができる環境を自らが整えていけることができれば、活力になります」
畑は踏み荒らされていた、だけど作物が完全に悪くなったとは言い難い。そう思った難民はどうにかして畑を復活させようと頑張っているところだった。そこに希望があったから、難民は動きだせた。
「知り合いに農家の人たちがいます、その人たちに踏み荒らされた畑を復活させる方法を聞きます」
「だが、そんな方法があるのか? 踏み荒らされているのであれば、復活は厳しいんじゃないか?」
「聞いてみないことには始まらないと思います。きっと、他の農村でも魔物の行進によって踏み荒らされた畑があるはずです。農業に詳しい人なら、その場合どうすればいいのか解決の糸口を知っているはずです」
今の時点で畑が復活するかは分からない。だけど、もし復活できるのであれば早めに手を打った方がいい。他にも踏み荒らされた畑を持っている農家がいると思う。その農家がどんな対応をしているのか知りたい。
作物のことを詳しく知っている農家なら、きっと復活できる作物の見分け方なんかも知っているはずだ。その方法を教えてもらい、難民の村で実施すれば、きっと畑は蘇る。
もし畑が蘇れば、難民の村での収穫は期待できる。スタンピード前と同様にはいかないが、収穫できないよりはマシだと思う。収穫があると分かると、自分たちの食い扶持が増えて、生きる活力に変わっていくと思う。
「被害の報告は入っているが、農家が踏み荒らされた畑に対してどう対処しているかの報告は受けていない。その辺りを調べれば、今後の見通しが見えるかもしれないな。よし、私も農家に畑の現状と解決策を聞いてみよう。もしかしたら、収穫が見込めるかもしれないからな」
「ありがとうございます」
トリスタン様の仕事が増えたような気がするけれど、それぐらいは許容範囲だったみたいだ。もしかしたら、収穫が見込める畑が出てくるかもしれないから、それを知るための調べ物って感じがするけど。
「リルが難民に対してやることは、畑の復興をして難民に活力を取り戻してもらうことか。畑の復興の仕方は農家に聞くとして、これならばリルに任せてもいいような気がした」
「お願いします、やらせてください。少しでも希望が見えるのであれば、諦めたくありません」
「……よし、分かった。どうせこのままだと、私は手を付けることができない。それならば、今回仕事を受けてくれたリルに託したほうがいいだろう」
「ありがとうございます!」
説得は上手くいき、直接難民と関わる許しを得た。これで難民が立ち直ってくれればいいんだけど、成功するように私が頑張らなければ。
「もし他に現地で困ったことや力を貸して欲しいところがあれば言ってほしい。それくらいならば、私も協力できるだろう」
「ありがとうございます。難民が立ち直って自分の手で生きる手段を手にしてもらえるように頑張ります」
「あぁ、よろしく頼む」
まずは農家の人から話を聞くところから始めよう。直接話を聞くのもいいが、いきなり来たら迷惑になるだろう。手紙を出して、事情を伝えてみよう。
◇
トリスタン様との報告会が終わると、すぐに手紙を書き始めた。内容は踏み荒らされた畑の復興についてだ。きっと農家なら解決策があるに違いない、僅かな希望を手紙に託した。
その日は報告会と手紙を書いただけで終わった。やることが終わると、私は宿屋へ戻ってきた。すると、お姉さんが私のことを待っていた。
「あっ、リルちゃんおかえりなさい。リルちゃんに手紙が届いていたわよ」
「私にですか?」
お姉さんから手紙を受け取ると、宛名を確認した。そこには役所の名前が入っていて、しばらくそれを見て私は固まっていた。役所に関係すること、それは住居の関係だ。
「あっ!」
すっかり、鍵を取りに行くのを忘れていた。急に舞い込んだ仕事のことで頭が一杯になり、約束を忘れてしまっていたのだ。
「その顔は失敗した時の顔ね」
「はい……約束した日をすっかり忘れていました」
「ふふ、リルちゃんにもそういうところがあるのね。なんだか安心したわ。すぐに対応すれば問題ないと思うわ」
そう言ってお姉さんは宿屋の奥へと消えていった。残された私は手紙を読むために一度自分の部屋へと戻っていく。まぁ、手紙の内容は見なくても分かるんだけど。明日、朝一で役所に行ってみよう。
◇
翌朝、朝食を食べた私は屋敷に向かう前に役所へとやってきた。朝一に玄関先に並び、開庁となるとすぐに窓口までやってきた。すると、そこには見慣れた役人の人が座っていた。
「おはようございます」
「おはようございます。あの、手紙を読んでここに来たんですけれど……」
「はい、連絡が取れてホッとしました。それで鍵はどうします? 何やら忙しいみたいですが、引き渡しを伸ばすこともできますが」
引き伸ばし……確かに今は家のことにかける時間がない。そのほうが良さそうな気がするけれど、早く手にしてしまいたい気もする。うーん、ここは……。
「いえ、鍵を受け取ります」
「そうですか、ではこちらが家の鍵になります」
「ありがとうございます」
「では、今日から家に掛かる費用はすべて口座から引き落としさせていただきます」
「はい、お願いします」
仕事の合間に自分の家をゆっくり調えていこう。自分の都合のいい日に家のことをやって、日常は頼まれた仕事をする。うん、このやり方でいこう。
役人から鍵を受け取った私は役所を出て、屋敷へと向かっていった。今日も忙しい日の始まりだ。
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