311.報告会
村を一通り見終わった私たちは馬車へと戻り、二日間かけてコーバスに戻ってきた。馬車が門を潜り、屋敷の前まで到着する。馬車を降りると、すぐに屋敷の扉が開いた。そこにはメイドが立っていた。
「お帰りなさいませ、リル様」
「ただいま戻りました」
「リル様へ伯爵様より伝言がございます。応接室で待つように、とのことでした」
「分かりました。案内してください」
屋敷についてそうそうトリスタン様に呼び出された。忙しいというのに、一体どうしたというんだろう。不思議に思いながら、メイドに案内され応接室にやってきた。
ソファーに座り、差し出された紅茶を飲みながら、トリスタン様が来るのを待つ。会うのはこれで二回目だが、比較的落ち着いていられる。前は異様に気にしてしまって、緊張していたんだろうな。
そんなことを考えると、扉がノックされた。私は立ち上がって扉の方を見てみると、執事さんが現れた。
「伯爵様がお見えです」
そう言って執事さんが扉を大きく開くと、向こう側からトリスタン様が入ってきた。
「やぁ、リル。待たせたね」
そういって足早にやってきたトリスタン様は私の目の前のソファーに座った。
「早速で悪いんだが、本題に入らせてもらうよ。難民の村に行ってきたんだろう?」
「はい。馬車を貸してくださってありがとうございます」
「いいんだ。これからも行くようなことがあれば、遠慮なく言ってほしい。準備はこちらでするし、必要なものがあったら支給するようにしよう。それでだ、リルの口から難民の村の様子を聞きたいと思っていたんだよ」
「難民の村の様子ですか?」
把握しているとばかり思っていたが、違うのかな?
「報告書では色々聞いてはいるんだけどね、直接の言葉で難民の村の状況を知りたいと思っている。文字で見るのと、話で聞くのとでは印象が変わってくるからね」
「でも、トリスタン様は忙しい身では?」
「リルが難民の村に行くことになった時、直接話を聞きたいと思っていたんだよ。だから、その時間を取るために早めに仕事を終わらせていたんだ。お陰で話を聞く時間を確保できたっていう訳さ」
なるほど、私から話を聞こうと思って仕事を早めに進めていたんだ。忙しい身だけれど、難民の村のことは見捨ててはいなかったんだ。そんな姿勢を見て、なんだかホッとしてしまった。
ということは、私にできることは早く難民の村の現状を伝えることだ。
「リルの正直な感想でいい。今、難民の村はどうしている?」
「一言で言えば、悲惨な状況ですね。家屋は全壊から半壊しているものがほとんどで、無傷な家屋は数えるほどしかありませんでした。支給されたテントでなんとか生活をしているみたいですが、人が多くて落ち着いて休めているような状況ではありません」
「やはりテントを支給しただけではダメか。急いで建物の修理や建築を進めないと、安心して住めるような状況ではないな。それで、畑の方はどうなっている」
「この目で見てきましたが、ほとんどが踏み荒らされている状況ですね。野菜や小麦もそんな状態でした。そんな中でも倒れた作物のことを諦めきれなくて、どうにか復活させようと動いている難民もいました」
「畑の状態については、他の村と似たような状況だな。難民の村はいずれ農村として機能するように支援をしてきたが、ふりだしに戻された気分だ」
私の報告を聞いてトリスタン様は特別驚くようなことはなく淡々としていた。文章で報告をされていたから、ある程度は覚悟していたのかな? でも、話を続けていくとその表情は雲っていったのは事実だ。
「他の村と似たような状況だが、決定的な違いがある。それは、支援が行き届かないということだ。その支援があるかどうかで、心の持ちようは変わってくるだろう。他の村はなんとか復興に向けて動き出したが、難民の村はそうはいかない。私が私財を投げうってやり始めたことだから、今の状況では支援を出しづらい」
難民の村はトリスタン様の私財でなんとかなっているようなものなんだ。余裕がない今、そちらにかまけている暇はないけれど、見捨てることもできない。
「なんとかしてやりたいが、優先するべきは税を払ってくれる領民の生活だ。まずはそちらを立て直さないことには、収入が激減して経営が厳しくなってしまう。仕方のない措置だが、でも完全に切り捨てることもできない」
苦しそうに吐き捨てた。大変な時期だというのに難民のことを忘れずに思ってくれているのが嬉しい。でも、思うだけではダメだ。行動をしなくては、難民の生活は良くはならない。
「それで人の数はどうだった? 隣領のスタンピードや今回の自領でのスタンピードで難民の数は爆発的に増えただろう?」
「許容範囲を超えた難民がいるのがあの村の実情です。狭い中で暮していくのはとても大変なように見えました。だからか、みんな疲れたような表情をしています。十分に休めて安らげる場所がないせいでしょう」
「食事はどうなっている?」
「人数が増えてやりくりに大変な思いをしているみたいです。備蓄した食糧で今は持っていますが、それがなくなったら食うに困ることになるでしょう。さらなる支援が必要になると思います」
「予想以上の人数が集まったことによる弊害か。食事関係はどうにかしなくてはな。幸い、スタンピードで肉が豊富に余っていて価格が下がっている。その隙に肉を買って、支給したほうがいいか」
住む場所はすぐにどうにかできないが、食事事情ならすぐに手を出せると思ったトリスタン様は考え事にふける。
「安くなっている肉を支給しようと思うが、それで足りると思うか? 野菜や小麦は値上がりしそうだから、積極的に渡せなくなるのだが……」
「食べるものがあれば生きてはいけると思います。最低でも一日一食は確保したいところなので、食べられるものならなんでもいいので支給したほうがいいと思います」
「しばらくは苦労をかけることになるだろう。どうにかしたいが、今できることはそれぐらいか……」
ちょっと疲れたようにソファーの背もたれに寄りかかった。考えることが多すぎて、頭が痛くなってきたのかこめかみを抑えている。
「そこに住む人の様子はどうだ?」
「色んな人がいました。畑を踏みつぶされて嘆いている人がいれば、諦めきれなくて作物を立たせようとする人。スタンピードが怖かったのか、未だに魔物の恐怖と戦っている人。何もかも失って無気力になっている人。みんなに言えることは、希望を無くしている状態です」
「そうだろうな、村が荒らされた状態なのに私からの支援が滞ったのだ……どう生きていけばいいのか分からないだろう。早くこちらの問題が片付けばいいが……果たして上手くいくかどうか」
難民の村に手を付けたいが、領内の問題が片付いていない内に手を付けることはできない。苦しそうに顔を歪めるトリスタン様は腕を組んで考え込んでしまった。
「生きる希望があれば、立ち直れると思うのだが……」
これからの展望が見えない今の状況で希望を見るのは難しいだろう。でも、このまま捨て置けば人が腐ってしまう。本当に何もできなくなり、無為に生きていくことしかできなくなる。
昔の集落を思い出して、いたたまれない気持ちになった。どうにか力になってあげたい、その気持ちが私の口を動かした。
「あの……私に難民たちを元気づける許しが欲しいんですが」
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