310.難民の村(2)

 席に案内されると、まとめ役の人は話し出した。


「それで、我々の現状なのだが……見てもらったと思うが悲壮感が強く、動き出せない者が多数いるのが現状だ。前からここに住んでいる難民のほうが立ち直りが早い。だが、畑を踏み荒らされて気力を失った者が多い」

「ここに来る時、畑に出ていた難民を見ました。あの人たちは前向きになっているんですか?」

「前向きというか、意地になっているんだ。折角ここまで育てた農作物を踏み荒らされたんだが、まだ大丈夫だと信じて疑わない。だから、無事なものがないか探したり、支えをつけてもう一度成長させようとしている」


 この村には気力がある人とそうでない人がいるみたいだ。でも、その気力がある人は元々ここに住んでいた難民たちだけで、新しくやってきた難民たちは気力を失っているみたいだ。


「伯爵様の支援で餓死しない程度には食事は取れている。だが、今はそれだけだ。これから良くなる展望もなく、途方に暮れている人ばかりだな」

「もしかして、支援が後回しになることを知っているんですか?」

「あぁ、その説明は聞いた。優先するのは町や他の村だとね。我々難民は温情でこの場に居させてもらっているだけの存在だからな、後回しになることは予想もできた。まぁ、そんな現実を突きつけられて気落ちする者もいるが」


 どうやら、支援が後回しになっていることは聞かされているみたいだ。まとめ役は残念そうにいうが、それを受け入れているみたい。いや、受け入れざるを得ないと思っているようだ。


 支援が後回し、もしかしたらこない可能性もきっと考えているのだろう。この先、ずっとこのままの状況が続くと分かれば、どうしていいか分からずに途方に暮れる者がきっといるはずだ。


 現状を受け入れた結果が今の難民の村の雰囲気になっている。みんな希望が見えなくて、ただ生きていくことしかできない。ぬるま湯の絶望にやる気を削がれてしまったのだろう。


「我々もどうしていいか分からないんだ。もう全てを諦めて畑を燃やして、一からやりはじめるか。今ある農作物をどうにかして使えるようにするのか。家屋を壊したらいいのか、修理したらいいのか、一から作り直すのか……」

「どこに手を付けていいのか分からない状況なんですね」

「俺もまとめ役としてみんなの意見を聞き、どうにかしようとしているが上手くいかなくてね。俺自身も現状を受け入れられなくて、途方に暮れているんだ」


 まとめ役はそう言って肩を落とした。丹精込めて育てた畑が見るも無残な姿になり、心のよりどころだった家屋が壊された。全てが綺麗に壊されれば諦めもつくが、一部使えるような状況だから全てを諦めきれない。


 苦しい胸の内を吐露したまとめ役は力のない笑顔を浮かべた。


「あんたは俺たちの問題を解決してくれるのか?」


 私が請け負った仕事は難民を町民に変えること、難民の村を復興させることではない。切実な思いを前にしたら、どうにかしてあげたいと思う。だけど、自分の許された領域ではないから手は出せないだろう。


「ごめんなさい。私に許されたのは、村の復興の件じゃないんです」

「……そうか、そうだよな。この村は伯爵様のご厚意でつくられたものだ。全ては伯爵様の意思によって左右されるべきことだ」


 まとめ役は分かっていたかのようにため息を吐いた。


「あのトリスタン様は……」

「あぁ、言わなくても分かっている。今はとてもお忙しい身の上なんだよな、話は聞いている。今は領地内の問題で手一杯になっていて、難民の村に手をかけることはできない、と言われている」

「そうですか……」


 どうやら、トリスタン様の状況は伝わっていたらしい。だから、今がどうしようもできない状況なのはとても良く分かっているみたいだ。良くなる道筋が見えないままなのは辛いだろう。


「そういえば、話が逸れてしまったね。それで、あんたがやろうとしていることってなんだ?」

「私が依頼されたのは、難民を町民に変える手立てを考えて実行することです」

「我々を町民に? そんなことができるのか?」

「私も元は難民でした。でも、コツコツ努力してBランクの冒険者に上がりました。その経験を生かして、ここに住む難民を町民に変えたいと思います」

「それは大歓迎だ。今は本当に人が多くなって、住む場所がなくて困っている。急場しのぎのテント生活も大変で、疲れが取れない日々がずっと続いていたんだ」


 私の仕事の話をすると、まとめ役は喜んだ。今、難民の村の過剰に人がいる状況は良くない。人が過剰になると物資が足りなくなったり、精神面での負荷も強くいらない諍いを生んでしまう可能性もある。


「難民の中で町に住みたいと思っている人はいるでしょうか?」

「いると思う。だが、全ての人がそうじゃない。以前からここに住んでいる難民は今の暮らしのままがいいと思っている人がいるだろう。新しく来た難民のほうが町に住む気が強いような気がする。だがな……」

「どうしたんですか?」

「新しく来た人たちは全てを失った事実が重すぎて、気力を無くしてしまった人たちがほとんどだ。僅かな希望を抱いてここにきたのに、今の惨状を見てその希望すら失いかけているんだ」


 以前からここに住んでいる人はこの村に愛着が湧いていて、ここを出る意思は弱そうだ。だったら新しく来た人だと思ったが、話はそう簡単にはいかないらしい。


 ここでなら最低限の生活ができる、そう思ってきたのにその生活ができていない現状に希望を砕かれた。そのせいで気力をごっそりと奪われて、無気力な人ばかりになってしまったようだ。


 まるで、私がいた集落に似ている。向上心もなくなり、ただ無為に生きる日々。自分に何も力がないことを決めつけて、何も行動を起こさない。今、そんな状況になってしまっている。


「町に暮らせると分かればやる気が出る人もいるだろう。ただ、すぐに動ける人は少ない。それだけ、スタンピードで心に負った傷が深いんだ」

「分かります、私がいたところもそうでしたから」

「時間が空いた時に気落ちしている人たちに声をかけて回っているんだが、覇気がない人がほとんどだった。どうにかして、元気になってもらわないと行動できない人が多いと思う」


 難民が町民になるには、本人たちがそれなりに動かなくてはいけないと思う。だから、施策を実行する前に難民たちには元気を取り戻してもらわないといけないみたいだ。


 現状を知れてよかった、もし分からないまま施策を実行したら失敗していたかもしれない。目の前の問題は大きいけれど、知らなかったままのほうが危なかった。


「今日は話をしてくださってありがとうございます。後は直接村の様子を見て回ろうと思います」

「そうか、何かのためになったのなら良かった。我々を見捨てないでいてくれたことを嬉しく思う。伯爵様にもくれぐれもよろしくと伝えておいてくれ」

「分かりました、伝えておきます」


 まとめ役から話を聞いた私たちはお礼をいうと家から出ていった。


「それじゃあ、村の中を見て回りましょう。それが終わったらすぐに帰って、色々と考えないといけませんね」

「分かった。村の中で何か起こったら大変だから、俺もついていくな」

「分かりました」


 私たちはそのまま村の中を見て回ることになった。

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