309.難民の村(1)
翌日、難民の村へ行く準備が終わった私たちはコーバスを出発した。てっきり、私一人だと思っていたのに、セロさんまでついてきた時は驚いた。どうやら、現地で補助を請け負ってくれるみたいだけど、そんなことまでしてくれるなんて……と私は恐縮しっぱなしだ。
二日の旅路を経て、難民の村に近づいた時だ。セロさんは馬車の窓を開けた。
「ここから難民の村で耕している畑が見えるはずだ」
現状を確認するのは丁度いい、と言ったところか。私は窓から外を眺めると、今の悲惨な現状が広がっていた。
「これは……」
すくすくと成長していた筈の野菜たちが無残にも踏み荒らされていた。広い農地は無数の魔物の群れが通った後のようで、しっかりと立っている野菜はごくわずかだ。
その畑にはここに住んでいると思われる難民がいて、無事な野菜を掘り起こしては、違う場所に移していた。踏み荒らされた野菜も確認して、ここから育てられるか悩んでいる様子だった。
無残な野菜畑を通り過ぎると、今度は小麦畑にやってきた。本当なら青々とした小麦の穂が一面に広がって、長閑な雰囲気だっただろう……だけど、今はそれすらも踏み荒らされている。
立っている小麦は僅かで、他はすべて地面の上に倒れていた。ここまで状況が酷いとは思わなかった。これじゃあ、どうやって暮していけばいいか分からなくなる。
「これが今の現状だ。スタンピードの大きな集団も問題だが、こうした小さな集団も問題になっている」
「問題になって当然ですね。これじゃあ、折角育てた農作物が台無しじゃないですか」
「全滅ではないが、大打撃を受けている。今年の収穫は落ちてしまうだろう。そうすると、税収が減って領地経営が難しくなる」
「領地経営が難しくなることを考えながら、今回の難民の問題に当たらなくちゃいけませんね」
現状を見て、私がしようと思っている難民救済は難しい選択を迫られている気した。トリスタン様は資金を提供すると言っているが、この状況を見るとその資金も潤沢じゃない、制限がかかっていることが良く分かる。
「倒れた小麦はもしかしたら起き上がる可能性があるかもしれない。このまま成長してくれるかもしれない。まだ不確定だが、少しの希望もあるんだが……」
「どうなるか分かりませんね。そうなることを願うしかありません」
小麦畑にも難民と思われる姿があって、倒れた小麦を起こそうと手を動かしていた。だけど、小麦畑は一面に広がっていて人の手だけで起こすには人手が足りなさすぎる。
小麦自身が起き上がってくれればいいのだが、どれだけ起き上がってくれるか分からない。そんな悲惨な状況を見ながら、私たちは難民の村へと急いだ。
◇
動いていた馬車が止まった、どうやら着いたみたいだ。
「先に俺が下りる」
セロさんが馬車から外に出ると、続けて私が馬車から下りようとする。すると、スッと手を差し出された。
「お手をどうぞ」
「あ、ありがとうございます」
なんだか、エスコートされているみたいでちょっと恥ずかしい。その手を取って馬車の外に出た。そして、顔を上げた時……私は息を呑んだ。
難民の村と言われた場所には数十もの数の家屋が建っていたのだろう。その家屋が壊された光景が広がっていた。
「これは……酷い」
「小さな集団に襲われて、この被害だ。他の村の復興が最優先されるから、しばらくはこの状況が続くだろうな。今は壊れた家に住むか、テントで生活しなくちゃいけないみたいだ」
「安心して住める場所がない状況なんですね」
まともな住む場所がないこの状況はとても悪い。安心して休める場所がないと、人はどんどん疲弊してしまう。それを現しているかのように、道端に座り込む難民たちには覇気がない。
壊れた家屋が点在し、その間の空間には無数のテントが張られていた。難民たちは家屋やテントの中よりも外に出てきて、地面に座り込んで呆然としている。
中にはぶつぶつと独り言を言っている難民も居れば、体を縮こまらせている難民もいる。きっと魔物に襲われた恐怖で再起ができなくなってしまっているのだろう。命は助かったが、精神的に大きなダメージを負っていた。
畑に出ていた難民の数はそれほど多くなかったが、村に留まっている難民の数はとても多い。他の領からきた難民と今回のスタンピードで出た難民。数えきれない難民が集まった結果だ。
人が多いと喧嘩が起こる可能性が多いのだが、そういう雰囲気ではない。みんながみんな、悲壮感に包まれていて立ち直れないような感じだ。そうなってくると、再起までは時間がかかるだろう。
「どうする? このまま村全体を見て回るのか?」
「……難民の声を聞きたいですね」
「なら、この村のまとめ役に会うのがいいと思う。案内しよう」
難民の村の様子は分かった、今度は難民の声が聞きたい。そう話すと、セロさんはまとめ役を紹介すると言ってくれた。私はセロさんに案内されて、一つの壊れた家屋へと向かう。
「失礼、ここにまとめ役はいるか?」
その家屋の扉の前で声をかけると、中から物音が聞こえた。そして、建付けの悪い扉が開かれる。
「何か用か……その姿はまさか」
「俺はセロ、伯爵様の下で執事見習いをしている」
「伯爵様からの使者か? この間も来てくれて本当に助かっている」
中から現れたのは五十代と思われる男性だった。その男性はセロさんの姿を見て、どことなくホッとした表情になった。
「この人はリル。伯爵様が難民の問題を解決するように依頼した冒険者なんだ」
「こんな子供が我々の問題を? その、失礼だと思うが……大丈夫なのか?」
「問題ない、というか適任者だ。こう見えても、Bランクの冒険者で魔物討伐も町の中の仕事もこなす、万能な能力を持った人だ。それに、この人も元難民でね。同じ境遇だったあなたたちに寄り添ってくれるはずだ」
「そうなのか、見た目には拠らないんだな。よろしく頼む」
「はい、よろしくお願いします」
まとめ役が手を差し出してきたので、それを握った。突然こんな子供が難民の問題を解決しますって言われたら戸惑っちゃうよね。でも、理解してくれて良かった。
「それで、今日はどういった用件なんだ?」
「難民の問題を解決するのに、現状を知ったほうがいいと考えているんだ。だから、まとめ役の口から色々と話を聞きたい」
「そういうことか、なら歓迎する。我々の状況を知っておいて欲しい。中にテーブルとイスがある、入ってくれ」
まとめ役が私たちを中へと案内する。壊れた家屋だが、一部は使えるようでそのまま使っているみたいだ。一室に案内され、私たちは席についた。
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