308.まずは……

 今日からお仕事開始だ。屋敷に辿り着くと、メイドさんが私を案内してくれた。私が冒険者だとしても差別なんかせずに丁寧に対応してくれて、とても嬉しかった。


 そのメイドに連れられてやってきた一室。広々とした部屋に机とイスとソファーがあり、部屋の隅には調度品が置いてあったりする。花も添えられいて、思っていたよりも豪華な部屋だった。


 通された部屋に驚いてボーッと突っ立っていると、メイドが話しかけてきた。


「私は部屋の外におりますので、御用がある場合机にあるベルを鳴らしていただければいつでも参ります。お茶の用意や仮眠など、ご用命がありましたらなんなりと」

「えっ、ずっと近くにいてくれるんですか?」

「はい、そのように伺っております。お先に昼食はどこでお食べになるか聞いてもいいですか?」

「昼食も出るんですか?」

「はい。もし、メニューの希望がありましたらお早めにおっしゃっていただけると助かります」


 この部屋にいる限り、至れり尽くせりみたいだ。こんな好待遇でいいんだろうか? 一人で戸惑っていると、メイドはさらに言葉を続ける。


「それでは、執事見習いを連れて参りますので、このお部屋で少々お待ちください」

「は、はい。よろしくお願いします」


 そう言ってメイドは部屋を出ていってしまった。一人残された私はまた部屋を見渡し、豪華な部屋に突っ立ったままだ。なんだか偉くないのに、偉くなった気分になってしまう。気を引き締めなくっちゃ。


 気合を入れ直すと机に近づき、イスに座った。イスはしっかりしていて、座るところと背もたれがクッション素材でできていて寄りかかっても痛くはない。とても座り心地のいいイスにちょっと恐縮してしまう。


 こんな部屋にいてもいいなんて、トリスタン様は太っ腹だな。ここまでしてくれるのなら、それに応えられるように任された仕事を頑張らないと。難民を町民にするには……。


 考え始めると、扉がノックされた。返事をすると、扉が開けられ先ほどのメイドさんが黒い服を着た青年を連れてやってきた。


「リル様、お待たせしました。執事見習いです」

「ご紹介に与りました、執事見習いのセロと言います。以後、お見知りおきを」

「はい。冒険者のリルです。えっと、しばらくの間よろしくお願いします」

「では、私は廊下で待っております。ご用命の際はベルをお鳴らし下さい」


 メイドさんはすぐに部屋から退出し、部屋には私とセロさんだけが残された。そのセロさんは私の前にやってくると、にこやかな表情で話しかけてきた。銀髪の髪を一本に結び、二十代前半と思われる青年だ。


「話は伺っております。伯爵様のお仕事を手伝われる冒険者様ですよね。伯爵様からはリル様の仕事の補助と連絡係を、とご用命に与っております。なんなりと、お申し付けください」

「あ、ありがとうございます。えっと、早速で申し訳ないんですけど……一つだけお願いがあります」

「はい、何でしょうか」

「かしこまった口調をされる立場じゃないので、もっと砕けた口調のほうがやりやすいので……そうしてもらえると助かります」

「ですが……リル様も丁寧な口調をされておりますよ」

「私のは癖みたいなもので。あんまり丁寧にされると仕事がやり辛くなるので、お願いできないでしょうか?」


 トリスタン様から仕事を預かっている身だけど、元は普通の冒険者だ。トリスタン様の部下でもある人に丁寧に接せられると、なんだかそわそわして落ち着きがなくなってしまう。


 セロさんは困ったような表情をして、ちょっと考える素振りを見せた。そして、何かを決意したように顔を上げる。


「分かった。仕事に支障が出るのは避けたいから、口調を崩そう。こんな感じで大丈夫か?」

「はい、ありがとうございます。とってもやりやすいです」

「変わった客人だな。まぁ、最低限失礼がないようにやらせてもらうぞ」


 なんか普通の口調で接せられるとホッとする。できればメイドさんも砕けた感じのほうがやりやすいんだけど、時々しか接しないからそこまで要求するのもな。


「じゃあ、俺は部屋の隅にいるから、用事があったら話しかけて欲しい」

「分かりました。ちょっと考えますね」


 セロさんは部屋の隅に移動して、私はイスに座って考える。さぁ、仕事の始まりだ。


 ◇


 どうやって難民を町民に変えていくか、そのことを考え始めるとすぐに気がかりなことを思いついた。トリスタン様の口から説明された難民の状況、私の中にある情報はそれしかない。


 だから、今難民がどのような状況に置かれているか全然分からないのだ。トリスタン様に聞けばいいのだろうが、忙しい身であるからそんな用事で時間を取らせるわけにはいかない。


 だから、今の難民の状況を知るためには私が難民を訪ねることが一番いいと思った。この目で難民の状況を見て知り、今後の方策の糧にできればと思う。


「あのセロさん、教えて欲しいんですけれど」

「あぁ、なんだ?」

「難民がいる村ってどこにあるんですか?」

「それならコーバスから馬車で二日いったところにあるな」

「馬車で二日の距離ですか……かなり離れてますね」


 前の集落では町の傍にあったけど、今回の難民の村はかなり離れている。


「伯爵様は難民だけの村を作ろうと思ったらしく、広い土地があるところに村を作ったんだ。ゆくゆくは大きくしていく展望もあったらしい。だけど、その最中に今回のスタンピードの影響が出てしまったんだ」

「他のところからの難民が増えたわけですね」

「それもあるが、難民の村も魔物に襲われたんだ。畑は荒らされ、家屋は倒壊させられた」

「えっ、難民の村にも被害が?」


 何で考えつかなかったんだろう。他の村が魔物に襲われているのに、難民の村が襲われない保証はない。ということは、状況はかなり悪いというところかな。


「難民が増えた状況で村がそのような状況だと、休める場所がないので大変ですね」

「緊急の支援物資としてテントが配られたらしい。新しく来た難民たちはそのテントでの生活を余儀なくされているみたいだな」

「テントですか……魔物に襲われたばかりで守ってくれる壁がないのは不安でしょうね」


 冒険者のように魔物討伐をする時だけテントで生活するのは大丈夫だが、先が見えない中でのテント生活は大変に違いない。それこそ、ずっとテント生活だと思い込んでしまうかもしれない。


 ここにいると今の難民の生活が見えてこないし、難民たちの希望も分からない。どれくらいの難民が町民になることを望んでいるのか、それを先に掴んでおきたい。


 よし、ここは一度難民の村に行ってみよう。


「あの難民の村に行ってみたいんですけど、大丈夫でしょうか?」

「直接行くんだな。今確認してくる」


 セロさんは部屋を出ていき確認を取りに行った。しばらく待っていると、セロさんが戻ってくる。


「了解が取れた。難民の村まで二日はかかるから、それなりの準備がいる。今日準備をして、明日出発で問題ないか?」

「はい、問題ありません」

「なら、俺は準備に入る。リルはここで仕事をしていてくれ」


 そういうとセロさんはまた部屋を出ていって、明日の準備に入る。一人になった私は難民を町民にする案を考え続けた。

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