307.対面(3)

「そうか、引き受けてくれるか」


 トリスタン様は嬉しそうな顔をして肩の力を抜いた。


「私にできる精一杯のことをやらせてください。元難民として、難民を見捨てる訳にはいきません」

「そう言ってくれると信じていたぞ。経験豊富で難民のことを思いやれるリルならば任せられる。今回の件、くれぐれもよろしく頼んだぞ」


 私に何ができるかは分からないけれど、難民の力になりたいという強い思いがある。きっとこの思いが成功へ導いてくれるはずだ、そう願わずにはいられない。


「今回の件で何か相談をしたいことがあれば執事に言ってもらえれば、私に話が通るだろう。何分、忙しい身でなこうして直接会うことはほとんどないだろう」

「はい、承知しております。今回はお時間を取っていただきありがとうございます」

「いやいや、直接リルを見たかったのもあるしな。あぁ、それにリルには後日執事見習いをつけようと思う。何か頼みたいことがあったり、難民に関することが進展があったりした時に連絡係として使ってくれ」

「お気遣いありがとうございます」


 私に執事見習いを付ける? そんなに好待遇でいいのかな? でも、それだけトリスタン様が難民を気にかけてくださっているという現れでもあるし、ここは素直に受け取っておこう。


「それで、今回の報酬の件なのだが」

「報酬が出るんですか?」

「当たり前だ。私の仕事の手伝いといっても、ちゃんとした仕事になるからな。相応のものを渡す予定だ」


 そっか、報酬があるんだ。そのことを全然考えていなかったから驚いた。報酬ってどんなものになるんだろう?


「報酬の内容だが、リルの好きな物でいい。金、貴重品、宝石、物件……なんでも支払おう」

「えっ、私の好きな物でいいんですか?」

「あぁ、何でも構わない。何か欲しいものがあるか? あるんだったら遠慮なく言って欲しい」


 まさか、自分で報酬を選べるなんて思ってもみなかった。凄く破格な報酬だなぁ……トリスタン様の今回の仕事への意気込みを感じる。でも、私に欲しい物は……あっ!


「あります、欲しい物!」

「ほう、なんだ?」

「薬の調合に使う素材が欲しいんです。中々手に入らないもので、困っていたところなんです」

「なるほど、薬の素材が欲しいんだな。欲しい素材を紙に書き出してくれ」


 すると、執事さんが動き出し私の目の前に紙とペンを差し出してきた。受け取った私はその紙に素材のことを事細かく書き記した。書き終わるとそれを執事さんに手渡し、執事さんはそれをトリスタン様に差し出した。


「なるほど、これくらいの素材が必要なんだな」

「あの、大丈夫でしょうか。もし、無理なら数を減らすこともできます」

「何、問題ない。私の仕事を手伝ってくれる冒険者に望みの物が集められないのは名折れだ。期待して待つといい」


 どうやら、問題はなかったみたいだ。こういう時って失礼がないように無難なものを求めたほうが良かったのかな? でも、折角の機会を逃したくはなかったし。きっと、大丈夫だよね。


「では、早速で悪いんだが明日から行動してくれるか?」

「はい、分かりました」

「今回の仕事の件でリルの部屋を屋敷の中に用意しておいた。毎日ここに通い、その部屋で仕事に当たって欲しい」

「私に部屋をですか? あ、ありがとうございます」

「うむ、何かあった時はすぐに執事見習いを通じて連絡をして欲しい。そしたら、私もすぐに指示をすることができる」


 部屋を分け与えてくれるなんて、信用されているんだな。益々期待を裏切るような結果は出せなくなった。私にできることを精一杯やるだけだよね、難民のために頑張ろう。


 ◇


 話し合いはそれで終わり、私は屋敷を出た。そして、その足でヒルデさんの家へとやってきた。


「へぇ、リルが領主様の仕事をねぇ」

「はい、仕事の内容は言えないんですけれど、そうなりました」

「あのリルがね、貴族の仕事を請け負う日がくるなんてな、驚いたよ」


 ヒルデさんの家でお茶をごちそうになりながら、今日あったことを話した。とても感心したように話を聞いてくれて、なんだか嬉しかった。


「まぁ、何度か領主クエストを受けていたし、きっかけはできていたんだろうな。今回の件でさらにリルの名声は高まるだろうな」

「そ、そうでしょうか? お貴族様の仕事を請け負っても私は変わりませんけど」

「周りの目が変わるのさ。これでリルは貴族に伝手のある冒険者になった訳だ。そんな冒険者は中々いないからな、周りの期待はさらに上がるだろう」


 今回の仕事を受け、周りの目が変わるなんてなんだか緊張してしまう。私は変わらないのに、周りが変わってしまうのが悲しい。でも、仕方ないのかな?


「貴族の仕事だから面倒なものだと思う。どうだ、リルにはできそうか?」

「まだ何も考えられていませんが、任せられたからには成し遂げてみせます」

「そうか、頼もしい言葉だな。今回の仕事を上手くこなせるかこなせないかで、リルの評価が変わってくるだろう。気を引き締めていけよ」


 どうやって難民を町民に変えていくか具体的な案は思いついていないけれど、きっと為せば成るよね。私もただの難民からここまで上がってきたんだから、他の人もきっとできると思う。


 あっ、あのことをいうのを忘れていた。


「そうでした。今回の仕事の報酬が貰えるみたいなんですよ」

「ほう、貴族からの報酬か。さぞ、凄いものが貰えるんだろうな」

「はい。ヒルデさんの薬の素材にしました。これで、薬の素材が全部集まるようになればいいですね」

「おいおい、リルの仕事なんだからリルが欲しい物を頼めば良かっただろう? 私の薬なんて、地道に探していけばいつかは見つかると思う」

「でも、早い方がいいと思うんです。そしたら、ヒルデさんと色んな所にいけますよね」


 薬の素材を報酬にしたと話を聞いたヒルデさんは驚いた顔をした。私的には早くヒルデさんの体を治して、一緒に外の冒険に出ていきたいと思っている。


 今まではヒルデさんの足でも行けるようなところしか行ったことがない。スタンピードの時は無理に動いたから、義足を付けている方の足がとても悪くなってしまっていた。


 薬を作って飲めば、そんな負荷ともお別れだ。ヒルデさんには早く目と足を治して、自由に動き回って欲しい。それができるようになるまで、私は力を貸すこと惜しまない。


「どんな手段を使っても早く素材を集めて、一緒に冒険に出かけましょう」

「……ふっ、リルはせっかちだな。そうだな、私もこんな体とはお別れして自由にどこへでも行ってみたい」

「そうですよね!」


 早くヒルデさんの体が治るといいな。すると、ヒルデさんが思い出したように話し始めた。


「そうだ、領主と会ってどうだった? ちゃんと、昔の感謝は言えたのか?」

「あ……覚えててくれたんですね」

「もちろんだ。目を輝かせて、領主様に感謝をしに来ましたって言ってたリルが印象的だったからな」


 かなり前の話題を出されて驚いた、覚えていてくれていたんだ。私はちょっぴり照れながらあったことを話す。


「はい、感謝を伝えられました。領主様の支援のお陰で生きてこれました、ありがとうございますって。そしたら、微笑んでくださって、とても嬉しかったです」

「リルの気持ちが伝わったんだな。目標が達成できて本当に良かったな」

「はい!」


 気持ちは晴れ晴れといった感じだ。この気持ちのまま、任せられた仕事を成功させてみせよう。きっと、それが恩返しになるはずだから。

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