306.対面(2)

 真剣な顔つきになったトリスタン様は話を続ける。


「まずこの話をする前に現状を伝えないといけない。スタンピードが起こったことは知っているな? そのスタンピードの影響が周辺の村に出たことは知っているか?」

「それは知りませんでした。スタンピードで魔物の集団を食い止めたことくらいしか分かってません」

「スタンピードと言えば、魔物の集団ができることをいうだろう。だが、その集団は一つだけじゃない、他にもいくつかの集団を形成するんだ」


 一つの地域で赤い霧が発生してスタンピードが起こる。そこから溢れだした魔物が一つの集団になり、町々に向かっていく。そう思っていたけど、全容は違うみたいだ。


「まぁ、巨大な集団が形成されるがその数は少ない。それは今回しっかりと討伐できたから町が守られた。だが、それ以外にもはぐれ集団ができてしまっているんだ」

「小さな集団が大きな集団から離れて行動しているってことですか?」

「その認識で間違いない。その小さな集団はどこに出現するか分からず、野放しにされることが多い」


 私たちが戦ったのは大きな集団として、残った小さな集団は誰も相手にできないっていうの? そうしたら、近隣の村が危ない。


「その小さな集団に対応する余力が今回足りなかった」

「じゃあ、その小さな集団はどこへ」

「そのまま突き進み、近郊の村を襲いにいった」


 村が小さな集団に襲われた、その話を聞いて嫌な予感が過った。


「他の町に近づいた小さな集団はその町にいる冒険者や自警団が討伐する。だが、村にそんな戦力はほとんどない。魔物と戦うことができない村人は隠れてやり過ごすしかできなかった」

「じゃあ、襲われた村は……」

「大多数の村人は隠れてやり過ごしたが、魔物は村の中で暴れまくった。畑は荒らされ、家屋は倒壊した。村にかなりの被害が出た」


 これがスタンピードの現実だ。力のない場所は魔物にやられて壊滅してしまう。分かっていたのに、考えが及ばなかった。スタンピードに勝ったのに、今の話を聞いてそんな気はなくなった。


「他の町は無事にやり過ごせたみたいだが、近郊の村々にかなりの被害が出た。住む場所を壊されて居場所を失った人が大勢出てきたんだ」

「ということは、難民が増えたっていうことですね」

「その通りだ。働く畑も家も壊された人々は私が作った難民村に移送して、今そこで生活をしてもらっているところだ」


 ホルトにあった集落以外にも難民が集まる場所があったんだ。


「それに、隣領でもスタンピードが発生したのを覚えているか? その時、隣領の村や町などで被害が出たそうだ。その時、住む場所を追われた人たちが難民が集まる場所にやってきたんだ」

「そんな……隣領の難民も来たんですか? あの、失礼かと思うんですけれど……隣領では対策とかされていらっしゃらないんでしょうか?」

「対策はしていると思うが、ウチのように難民が集まる場所は作ってはいない。難民の居場所を作るのは私が一番先に始めた施策だからな、他の領では誰もやっていないのだよ」


 隣領でも発生したスタンピード。その被害で住む場所を追われた人たちがこの領までやってきた。ということは、今難民がいる場所には沢山の難民がいるってこと?


「今、難民の村は難民で溢れかえっている。早急に対応しなければ、大変なことになるだろう。だが、それが分かっていても今の私にはその余力がない」

「と、いうのは?」

「今、私は今回発生したスタンピードの後始末に追われている。被害を調べ、町や村を復興し、それらを国に報告しなければならない。それに加え自分の領地の統治もしなければいけないのだ」


 溢れかえった難民、早く対応しなければ大変なことになるのは目に見えている。それが分かっていても、トリスタン様はそれを後回しにせざるをえない事情があるみたいだ。領主として何を優先させるべきか、しっかりと把握できているみたいだ。


「難民と言っても、元は領民だっただろう。その多くは村人で、村が潰されてしまうと働き手が少なくなり食糧の自給率が落ちてしまう。食べ物がなくなるのは、死活問題だ。他のところから買い付けになれば、必要なかった資金を溶かしてしまう。そうなると、領地の運営が難しくなるだろう」


 町も被害に合うが、一番被害があるのは魔物と戦う術のない村々だ。その村がスタンピードで壊滅的な被害が出ると、そこで育てている農作物が取れなくなる。


 自領で作る農作物が減るということは、それだけ経営が難しくなっていくのだろう。領民に影響が出れば、色んなところで綻びが出始めてしまう。そうなると、領地経営は厳しくなっていく。


「村の復興も手がけているのだが、どれくらいの人数が村に戻り農作業をしてくれるか分からない」

「魔物に襲われた恐怖とかありますから」

「全ての村人を村に戻せないことも考えて、町の中からでも農作業に従事してくれる領民を募集するつもりだ」


 魔物に襲われた恐怖はそう簡単には拭えない。それを経験した村人がもう一度村に戻ろうと思うのは一部だろう、大抵は恐怖で戻れなくなる。


「少し話が逸れてしまったな。難民の村では難民が溢れていて、全ての難民を農村に戻すのは不可能だろう。だが、このまま捨て置けばただ支援を食いつぶすだけの存在になり下がってしまう。それは領地経営の面から見ても健康的ではない。そこで、農村に戻れない難民を町民にしようと考えついたのだ」

「それはいいお考えだと思います」

「だが、私はスタンピードの後始末に追われてそれに手を付けられない。だから、難民から名の知れた冒険者に成り上がったリルの力を借りたいと思う」


 今までの話を聞いてまさか、と思っていたが……私がトリスタン様のお手伝いを?


「リルの今までの経歴を調べさせてもらった。魔物討伐だけじゃなく、町の仕事も請け負っているようだな。町の仕事のことなら色々と分かっていると思う」

「はい。両立できるように今まで仕事をしてきました」

「元難民で町の仕事を把握し魔物の討伐まで請け負う。私はそんな経験豊富なリルに難民を町民に変える仕事を請け負ってもらいたいのだよ」


 元難民の私が、難民のために働ける? その話を聞いた時、私の中で少しずつやる気が満ち溢れていくのが分かった。


「やり方はリルに任せるし、資金も出そう。溢れかえった難民たちを自立させて町民に変える。元難民のリルだからこそできる仕事だと思っている。どうだ、やってくれるか?」


 より一層真剣な顔つきになるトリスタン様。難民に対してこんなに真摯に向き合ってくれる領主様がいるだろうか? その姿勢に感銘を受けて、胸の奥が熱くなる。


 私の答えは決まっている。


「はい、私にお手伝いをさせてください」


 どれだけのことができるか分からないけれど、力になりたいと思った。

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