305.対面(1)

 通された部屋のソファーに座っていると、別のメイドさんが現れて私の前に紅茶の入ったコップを置いた。


「もうしばらく経ちましたら、ルーベック伯爵様がお見えになります。もう少々お待ちくださいませ」

「は、はい。ありがとうございます」

「では、失礼します」


 そのメイドさんはカートを押して部屋を出ていってしまった。この部屋に残されたのは案内されたメイドさんと私だけだ。そのメイドさんも部屋の隅に立っているだけで、話しかけてこようとはしない。


 どうしていいか分からず、私は出された紅茶に手をかけた。一口口につけると紅茶の爽やかな味が口に広がって、心を落ち着かせてくれる。少しだけ緊張が解れたみたいだ。


 これから、領主様に会う。そのことを考えると、嬉しいとの恐れ多いのとで感情の起伏が激しくなる。失礼ないようにしなくっちゃ、そう思っているとまた緊張が高まってきた。


 すると、扉がノックされる。慌てて立ち上がると、扉から現れたのは黒い服を着た初老の男性だった。この人が領主様?


「お初にお目にかかります。私ルーベック伯爵様の執事をしております」

「あ、冒険者のリルです」

「この度はご足労頂き、まことにありがとうございます。ルーベック伯爵様はこの日を待ち望んでおりました。ささ、私など気になさらないでお座りになってください」

「は、はい」


 入ってきたのは執事で領主様じゃなかった。ちょっとホッとして、私はゆっくりとソファーに座る。それから無言の空間になり、なんか少し居心地が悪い。きっとこういう場に慣れていないからかも。


 そわそわしていると、執事さんから声が掛かった。


「ルーベック伯爵様がお見えになります」


 その言葉にドキリとした。慌てて立ち上がって迎える準備をすると、執事さんが扉に手をかけて開く。扉が開き切った後、足音が聞こえてくる。そして、扉から一人の男性が現れた。


「やぁ、待たせたね」


 金髪の髪を後ろに流し、リボンで一本に結んだ髪。えんじ色の背広を着た、三十台後半くらいの人だ。私は慌てて頭を下げた。えっと、許しが得るまでこのままのほうがいいんだよね。後、勝手に喋りかけちゃいけないんだっけ?


 あやふやなマナーを思い出しつつ、領主様からの反応を待った。


「リルと言ったな、顔を上げてくれ」


 顔を上げると、領主様はすぐ傍に立っていた。こんな至近距離にいてもいいの? ドキマギしながら待っていると、スッと右手を差し出された。


「ルーベック伯爵と言われている、トリスタンだ。よろしく頼む」

「えっと、その……よ、よろしくお願いします」


 無言のままじゃ失礼かな、と思い勇気を出して声を出して手を握らせてもらった。握るとすぐに離す、失礼がないかな?


 すると、トリスタン様は私の向かいにあるソファーに腰かけた。それから、手を差し出されて座るように促される。慌てて私が座ると、トリスタン様は微笑みを浮かべながら話してくる。


「今日は良く来てくれた。冒険者稼業が忙しいのではないか?」

「い、いえ……今は小休止中でしたので大丈夫です」

「そうか、なら丁度良かった。リルに頼みたい仕事があるんだが、話を聞いてくれるか?」

「は、はい。もちろんです」


 憧れだった領主様が目の前にいる、緊張は最高潮に達して手に汗を握っている。伝えたいことは沢山あるけれど、今はトリスタン様の話を聞かなくちゃダメだ。


「リルについて色々と報告が上がっていて、その報告を受けて仕事を頼みたいと思ったんだ。初めて報告が来たのは、代官に統治を任せているホルトからの報告書だった。その時に私のクエストを受けてくれたのだろう?」

「はい。難民集落周辺の魔物掃討という依頼でした」

「うむ。次にコーバスに移動をして街灯の整備や井戸掘りなんかもしてくれたようだな。どれも、私の仕事に関係するものだ。リルが働いた時はかなりの仕事を終えることができた。正直言って助かったよ」


 街灯も井戸もトリスタン様の仕事の内に入っていたんだ。少しでも力になったのだったら嬉しいな。私はコーバスに来て、トリスタン様の力になれたことを知って嬉しく思った。


「そして、何よりも外の冒険者としてかなりの活躍をしてくれた。近郊に出現した魔物の集団の排除、特別な魔物の討伐。それだけじゃない、隣領で起こったスタンピードの参戦、高ランクの魔物の討伐。そして、今回起こったスタンピードへの参戦だ」

「よく、ご存じですね」

「活躍した冒険者の名前はここまで上がってくるからな。リルは色んな所に名前が上がってきたから、自然と覚えてしまったんだよ。私が名を覚えるくらいの活躍をしてくれた」


 私の活躍がトリスタン様のところまでしっかりと上がっていたのが驚いた。しがない冒険者だと思っていたのに、こうして功績を認められるっていうのは嬉しいものだね。


「元は難民だったそうじゃないか。何も力を持たない難民がここまで成り上がったんだ、相当な努力が必要だったのだろう」

「わ、私が難民だったって知っているのですか?」

「もちろんだ、報告に上がってきている」


 私の個人的なことまで報告に上がっているとは本当に驚いた。それと同時に知ってもらえて嬉しい気持ちが沸き起こって、堪らずに自分から話題を振る。


「あの、難民の時に領主様からの支援のお陰でなんとか生きながらえることができました」

「トリスタンと呼んでも構わない。そうか、私の支援は役に立ったか」

「はい、お陰でみんなで生きていけました。あの、私……この感謝を伝えたくてコーバスに移ってきたんです。難民にご支援くださり、本当にありがとうございました!」


 今までの感謝を言葉に乗せて、深くお辞儀をした。この時のために、コーバスに来て頑張ってきた。独りよがりかもしれないけれど、この気持ちを伝えたい。


 ゆっくりと顔を上げると、トリスタン様は変わらない微笑みを浮かべていた。


「そうか、私の支援は難民のためになっていたか。それを聞けて安心したよ、私の施策は間違っていなかったと」

「はい。トリスタン様のご支援で住む場所を追われた難民はなんとか生きることができましたし、希望もありました」

「少しでも難民が減って欲しい、その思いで支援を続けていたのだが……無駄ではなかったみたいだな」


 ちょっと神妙な表情で言葉を続けた。どうやら、トリスタン様の難民施策について思い入れがあるみたいだ。こんなに難民のことを考えてくれる領主様がいるなんて、本当に恵まれていたんだな。


「いい話をしてくれたな、嬉しかったぞ」

「いえ、すいません。話を途中で遮ってしまいまして」

「何、そうでもないさ。これからする話は難民に関することなのだから」

「えっ?」


 難民に関すること? すると、トリスタン様は表情を引き締めて口を開く。


「今回、リルに頼みたい仕事の内容は難民を町民に変えることなのだ」

「難民を町民に?」


 どうやら、私の次の仕事は難民に関することのようだ。

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