303.突然の依頼(1)

 翌日、借りた鍵を返しに役場へとやってきた。


「昨日の方ですね。物件はどうでしたか?」

「気に入った物件があったので、そこに住んでみたいです」

「そうでしたか、良かったです。では、住みたい物件を教えてください」


 窓口に行くと、昨日の役人がいて話はスムーズに進んだ。私は希望する物件を教えると、役人は冊子の中から挟んでいた一枚の紙を取り出す。


「この物件でいいですか?」

「はい、こちらの物件です」

「なるほど、いい物件を選びましたね。ここは大通りが近いこともあってお店が充実しているし、中心部に近い場所なので建物がいいんですよね」

「はい、そこも気に入りました」

「今後の参考にしたいのですが、一番気に入った所はなんですか?」

「風呂場の浴槽ですね。足を伸ばせて入れるのが一番気に入りました」

「浴槽……珍しいところを気に入りましたね」


 前世の記憶があるから、どうしてもお風呂だけはいいところを選びたかった。今まではシャワーで済ませていたから、お風呂に入れる時が楽しみだ。


「では、物件の賃貸の手続きをします。まずはこちらに必要事項を記入してください。あ、冒険者証を出してもらってもいいですか?」

「はい」


 冒険者証を差し出して、私は紙を受け取った。その紙に必要事項を書いていくんだけど、一つだけ困った欄があった。緊急連絡先、という欄だ。


「どうした、リル?」

「ここの緊急連絡先をどうしようかと」

「なら、私にすればいい」

「え、でも……いいんですか?」

「もちろん構わない。今更何を遠慮する」


 こういう時、知り合いがいて本当に良かったなと思った。残っていた欄を記入して役人に差し出す。


「はい、確認します。……はい、こちらで大丈夫です。では、次に賃貸するに当たっての注意事項の話になります。こちらをご覧ください。順番に説明させていただきます」


 薄い冊子を渡されて、中身を一つずつ説明される。注意事項は共用部分の使い方、建物を損壊した時の対応、退去する時の手続きなどなど、色んなことを話された。


「以上となりますが、気になった点や聞いておきたいこととかありますか」

「大丈夫です、ありません」

「では、具体的にいつから住み始めますか?」

「あ、その開始日から家具とかの搬入を開始する感じですか?」

「そうですね、借りる日以降から家具とかの搬入をしてください」

「それなら、一週間後からお願いします」

「はい、かしこまりました」


 手続きを進め、具体的な日取りを決めた。


「これで必要な手続きが終わりました。一週間後、鍵を受け取りに来てください」

「分かりました。色々とありがとうございます」


 私たちは席を立つと役場から出ていった。


「終わりましたね。付き合ってくださってありがとうございます」

「住む場所が見つかってよかった。これからは必要な物を揃えるのに忙しくなるな」

「はい。自分のお気に入りの物を揃えると思うと楽しくなってきました」

「暇だし、私も付き合おう」

「いいんですか? でも、意見が聞けて助かります」


 一人で必要な物を買い揃えるよりも、誰かと一緒のほうがより良いものを揃えられそうだ。


「それにしても家賃って口座から引き落としなんですね」

「その方が手間が少なくていいだろう?」

「はい、とても楽だと思います。ひと月ごとに支払いに行くのも大変ですから」


 ここの町では家賃は口座から引き落としになっている。これは前世から変わっていなくて本当に助かった。口座にはまだまだお金があるし、しばらく困ることはなさそうだ。


「じゃあ、これから必要な物を見に行くか?」

「そうですね。まだ時間もありますし行きましょう。昼食も一緒に食べましょうね」

「そうだな、今日は私のオススメの場所にしよう」


 ヒルデさんと話しながら通りを進んでいく。ショッピングは楽しいから、今日一日は楽しい時間になりそうだ。


 ◇


 夜、宿屋へと戻ってきた私。今日は町を歩き回って必要そうとなる物を買い揃えていった。ヒルデさんとあーでもない、こーでもないと話しながらするショッピングはとても楽しい。


 必要な物はまだまだあるから、またショッピングに行かなくちゃ。そう思いながら自分の部屋に上がろうとすると、お姉さんがやってきた。


「あっ、リルちゃん。おかえりなさい」

「ただいま帰りました」

「今日ね冒険者ギルドから緊急の連絡があったみたいよ」

「えっ、緊急の連絡ですか?」

「えーっと、これね」


 冒険者ギルドから緊急の連絡? 一体なんだろう? そう思いながらお姉さんから手紙を受け取った。その手紙を持ちながら、自分の部屋へと戻っていく。


 部屋に戻ると、ベッドに腰かけながら早速手紙を見ていく。手紙の封筒には緊急案件、と書かれてありとても重要そうだ。ドキドキしながら手紙を開き、中に入っている手紙に目を通す。


「えーっと、今までの功績により、リル様にしかできない案件があります。詳しい話は直接お話しますので、冒険者ギルドまでお越しください」


 手紙はとても短かった。今までの功績って一体なんだろう? うーん……ここで考えても思い浮かばないや。私にしかできない案件か……解体所の解体の仕事じゃなさそうだし、一体なんだろう?


 冒険者ギルドからきた手紙の内容を読んでも、それくらいの感想しか思い浮かばない。今日は夜になっちゃったから、明日冒険者ギルドに顔を出そう。


「緊急案件……私なんかにできるかな?」


 ちょっと不安を感じる。なんだか重要そうな仕事を任せられるみたいだけど、本当に私にできる案件なのかが分からない。無理難題を押し付けられたらどうしよう、でもその時は断ればいいよね。


 ともかく、明日行かないと話が分からない。ちょっと不安だけど、冒険者ギルドに行ってみよう。


 ◇


 翌朝、身支度を済ませ食事を食べ終わると冒険者ギルドへと向かった。朝は忙しい時間だけど、行っても大丈夫かな? そんなことを考えていると、冒険者ギルドに辿り着いた。


 中に入ると、朝の求人ラッシュで人がごった返していた。その中を進み、受付に続いている列へと並ぶ。しばらく待っていると自分の番がやってきた。


「今日はいかがされましたか?」

「昨日、こんな手紙が冒険者ギルドから来たんですけれど」

「確認いたします。冒険者証をお出しください」


 言われた通りに冒険者証を出すと、受付のお姉さんは装置を見ながら確認した。


「確認が取れました。今、担当者が参りますので、待合席でお待ちください」

「分かりました」


 話はそれで終わり、私は待合席へと向かった。そこで一人でボーッと待っていると、誰かがこちらに近づいてきていた。よく見るとそれはアーシアさんだった。


「おはよう、リルちゃん」

「おはようございます、アーシアさん」

「早速で悪いんだけど、部屋に移ってもらうわね。話はそこで」

「分かりました」


 アーシアさんに連れられて二階へと上がる。廊下を進み、とある一室の扉が開かれた。そこには応接室になっていて、机と向かい合わせのソファーがある。そのソファーに腰かけ、私たちは向かい合わせになった。


「こうしてゆっくり話すのも久しぶりね」

「そうですね。スタンピード後は何かと忙しかったですから」

「スタンピードでのリルちゃんの活躍は聞いたわ。話を聞いたらなんだか私が鼻が高くなったわ」


 穏やかに話すアーシアさんはいつも通りだ。でも、ちょっとだけ雰囲気が違う。真面目なオーラが漂っていて、これから話す緊急案件についての重要性が窺える。


「今日、リルちゃんを呼んだのは、リルちゃんに頼みたい仕事があるからなの」

「はい、そのようですね」

「それでね、これ……」


 アーシアさんは一通の手紙をテーブルの上に置いた。その手紙は見たことがないほどに装飾にこだわった封筒で、見るからに高そうな印象だ。依頼主ってお金持ちってこと?


「リルちゃんに指名依頼がきているわ。指名されたのは、領主様よ」


 お金持ちじゃなくて、領主様が私に依頼を?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る