297.平和な日常

 解体所の仕事が終わった次の日、私はヒルデさんとお昼を一緒に食べていた。


「解体の仕事、大分長くやっていたな」

「はい。長くかかりましたけど、なんとかやり遂げることができました」

「スタンピードが終わってすぐに仕事を始めるなんて、リルは本当に物好きだな」

「そこに自分ができる仕事があると気づくと、やってしまうんですよね」


 ヒルデさんに解体所での仕事の話を聞いてもらっていた。スタンピード後の冒険者は長期の休暇を取り、体を休めていた。それなのに、すぐに働きに出た私をヒルデさんは仕方のない奴だと笑っている。


 まぁ、自分でもそう思う。休もうと思ったんだけど、そこに自分ができる仕事があったから飛びついてしまった。お金も十分貯まったし、ランクだってBに上がった、今までみたいにびっちり仕事をしなくても良くなったのに仕事をしてしまう。


 今までの習慣が体に染みついてしまって、長期の休暇を取るのが難しくなっているような気がする。もう、そんなに働かなくてもいいのにな、働いてしまうのは性というべきか。


「必要最低限の休みだけで働いてきたんだ。しばらく働かなくても大丈夫じゃないか?」

「私もそう思っているんですが、体が動いてしまうんですよね」

「これはダメだな、働くことが習慣化している」


 ヒルデさんは呆れたようにため息をついた。


「もう、いっそのことこのままでいたほうがいいじゃないかって思えてきました」

「おいおい、それだと働きすぎだ。もっと仕事を減らしたほうがいいぞ。お金だって余裕があるんだろう?」

「余裕はありますが、いつ働けなくなるか分からないじゃないですか」

「まだ十三歳のリルが何をいうか。年寄りくさいことをいうな」


 目標を達成した私の今後はどうなっていくんだろう。このまま同じように働いていくか、働く量を減らして日常を満喫するか。日常を満喫しようと思っても、何をしていいのかさっぱり分からない。


 腕組をして悩んでいると、またヒルデさんが大きなため息をついた。


「少しは遊ぶことを知らないとダメだぞ。なんだか、リルが心配になってきた」

「遊ぶ……どうやって遊ぶんですか?」

「リルは趣味を見つけたほうがいいかもしれないな」

「趣味ですか」

「今の状態じゃ、働くことが趣味みたいな感じになっているな」


 目標を早く達成したくて、がむしゃらに働いてきたけれど、よく考えると他のことは全然してこなかったな。というか、この世界に転生したことを思い出して、そういう時間をあんまり取ってこなかった。


 いや、でも休日はあったからゼロじゃない。休日に遊んでいたことはあるし、ヒルデさんが心配するほど遊んでない訳じゃないと思うんだけどなぁ。


「私もそれなりに休んでますし、遊んでいると思うんですけど」

「リルの中じゃそう思っているだけだろ。目標を達成したんだし、少しは緩めに生きていても大丈夫だと思うぞ」

「うーん、でも暇だったら働いていると思います」

「これは他のところに連れて行かねばならないな」


 ヒルデさんは私にもっと休んだり遊んだりして欲しいらしい。今まで以上に休んだり遊んだりか……でも何をしていいのか分からない。それを一緒に見つけてくれるってことかな?


 というか、私の話ばかりしている。


「私の話は置いておいて、ヒルデさんの薬探しはどうなったんですか?」


 スタンピードの後遺症でもある恐怖を乗り越えたヒルデさんは、以前と比べて活動的になった。自ら動き出して何かをする、その意欲に溢れている。


 今までずっと引きずっていたものから解放されて、気が楽になったんだろう。以前のような怠惰な様子はなりを潜め、活力に満ち溢れている。


 そのお陰でヒルデさんはまた以前のような冒険者活動をしたいと思い直したらしい。だけど、左足を欠損し、左目も欠損した状態では何かと不便だ。だから、それらを回復させる薬を探していた。


「あぁ、コーバスの店を回ってみたが、欠損した身体を元に戻す薬は売ってなかったよ」

「貴重な薬なんでしょうね。早く見つかるといいのですが……」

「見つけるよりも、新しく作ってもらった方が良さそうな気がしてきた」

「新しく作ってもらう、ということになると錬金術でですか?」

「そういうことになるな」


 欠損した体を元に戻す薬は貴重でそう簡単には見つからなかったらしい。すぐに見つけることを諦めたヒルデさんは、薬を作るという考え方に変えた。


 その方が確実に薬が手に入りそうだ。そうと決まれば、薬を売っているお店探しじゃなくて、薬を作ってくれる錬金術師探しになるだろう。だったら、適任の人がいる。


「錬金術師を探しているなら、いい人がいますよ。私が働いていた錬金術師のお店があるんです」

「そういえば、そんなことをしていたな。その人はその薬を作れるくらいに腕が立つのか?」

「薬が作れるかどうかは分かりませんが、腕は立ちます。錬金術を使っていない時はずっと研究しているような人ですし、きっと知識はあると思いますよ」

「そうか……ならその人を紹介して貰えるだろうか?」

「もちろん、いいですよ。これから会いに行きますか?」

「時間もあることだし、会いに行ってみよう」


 私が知っている錬金術師、オルトーさんだ。あの人なら体の欠損を治す薬が作れそう。私たちは残った食事を食べると、席を立ってお店を出ていった。


 ◇


 町中をしばらく歩き、オルトーさんの店へと向かった。


「確か、お喋りな男が錬金術師と聞いたが」

「そうですね、かなり喋ります。でも、喋るだけで嫌なことは全然ありませんよ」

「そうか、ならいいんだが」

「あ、あそこです」


 道を歩いていると、オルトーさんのお店が見えてきた。お店の前に辿り着くと、扉をノックする。


「リルです。オルトーさん、いますかー?」


 声を上げてしばらく待っていると、扉の向こう側から物音がしてきた。すると、扉がゆっくりと開いていく。


「やぁ、久しぶりだね! スタンピードが終わったっていうのに、魔物解体の仕事を始めるなんて薄情だよ。私の仕事を手伝えばいいのにって何度思ったことか」

「緊急性のある仕事だと思ったので、そっちを受けたんです」

「確かにそうかもしれないね。なんてったって、スタンピード後なんだから魔物の死体はわんさかあるんだ。でも、スタンピードで消費した薬とかの注文も殺到して大変だったんだよ」


 出てきて早々にオルトーさんは喋りに喋りまくっていた。この人は相変わらずだな、と思いながらヒルデさんを見てみると、目をぱちくりして驚いていた。まぁ、はじめて見るとそうなるよね。


「ところで、今日は何か用事があったのかい? まさか、私の弟子志願に来てくれたんじゃないだろうね? そうなったら、とっても嬉しいんだけど」

「今日はオルトーさんに聞きたいことがあってきたんです」

「聞きたいこと? 珍しい訪問理由だね、まぁいいさ。話を聞くから、お店の中に入ってよ。一緒に来た人もどうぞ中に入ってね。調合をしていたから、ちょっと匂いはするけれど我慢して」


 オルトーさんに促されて、お店の中に入った。すると、苦い匂いが廊下まで漂ってきているのが分かった。その匂いを辿るように移動をすると、錬金窯がある広い部屋に通される。


「客間がなくてね、ここでなら話が聞けると思う。匂いは我慢してもらうとして、何か飲み物でも出そうか? 一緒に何かを食べるお菓子も出したりしなくちゃいけないかな?」

「いえ、そんな手間をかけさせるわけには。話もすぐ済むことなので」

「そうかい、ならお言葉に甘えさせてもらうよ。それで、私に話って聞いたけど、どんな話になるのかな? もしかして、錬金術師の私でしかできないことなのかな?」


 オルトーさんはするどかった。その話の流れに合わせて、私は事情の説明を始めた。

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