最終章 冒険者ランクB
296.スタンピード後のお仕事
「追加の素材が入りましたー!」
「マジックボックスに入れておけ!」
解体所に入ってくる魔物の素材、それを従業員がさばいていく。素材を持ってきた人は、マジックバッグの中から次々に魔物の素材をマジックボックスに入れ始める。
次々にスタンピードで倒した魔物の素材が入ってきていた。作業場はフル稼働中で、作業員は休む暇もなく持ち込まれた魔物を解体していく。その中に私はいた。
作業台の上にはオークが乗っていて、私はそれを解体していく。オークの皮を剥ぎ取り、傷ついていない部分の肉を切り分ける。切り分けた肉は品質を保つためにすぐにマジックバッグの中に入れて保存していく。
「あとは……ダメかな」
損傷の激しいオークだったため、食べられる部分は少ない。体重の五分の一にも満たない肉しか切り分けられなかった。勿体ないけれど仕方がない、私は食べられない部分のオークを作業台の傍に置いてあるマジックボックスの中に入れる。
「ん? あー、もういっぱいなんだ」
マジックボックスの中に入れたはいいけど、奥まで入らずに枠を少しはみ出していた。これはマジックボックスがいっぱいになった証拠だ。すぐに私は手を上げて、声を出す。
「すいません! こっちのマジックボックスがいっぱいになりました!」
「おう、ちょっと待ってろ。今、新しいマジックボックスを届ける。おい、持っていってやれ」
責任者が指示を出すと、他の従業員が動き出す。カートにマジックボックスを乗せて、私のところまで運んできた。
「お待たせ。ちょっと協力してくれる?」
「はい」
その人と一緒に持ってきたマジックボックスを床に置くと、代わりに今まで使っていたマジックボックスをカートの上に乗せる。
「じゃあ、捨ててくるね」
「お願いします」
そういった従業員は足早に解体所を出ていった。これで作業を再開できる。マジックバッグの中から新たにオークを取り出して作業台に乗せた。これも損傷の激しいオークだ、このオークから取れる肉も少ないだろう。
損傷の激しさを見ると、スタンピードがどれだけ過酷な状況だったか良く分かる。今になって思うが、無数の魔物と戦っていたなんて信じられないくらいだ。
「リル、どうした? 手が止まっているぞ」
「あ、すいません。どこの部分を残そうか考えてました」
「あー、そうだよな。普段の戦いじゃなくてスタンピードの戦いだから、みんな損傷のことなんて考えないからな。でも、少しでも多くの素材を取ってくれよ。今の冒険者ギルドは冒険者に金を払いすぎて、金欠みたいだからな」
「はい、できるだけ素材をとりますね」
責任者が仕事の心配をして声をかけてきたみたいだ。いけない、仕事は山ほどあるんだから休んでいる暇はないんだ。私はナイフを手に持つと、早速オークの皮を剥いでいく。
◇
スタンピードが終わったコーバスはお祭り騒ぎになり、町中が賑やかになった。スタンピードから帰ってきた冒険者たちは称えられ、あちこちで町民から感謝の言葉を投げかけられたみたい。
数日間はその状態が続き、冒険者は英雄として祭り上げられた。だけど、それが終わると残っていた現実が突きつけられた。それは、大量の魔物の死体だ。
大地を埋め尽くすがごとく山積みにされた魔物の死体。それが町の近くにある場所にあるのは問題だ。そのまま放置する訳にもいかず、それを処理することになった。
魔物を移動させる人手、魔物を燃やして灰にする人手、魔物を素材にする人手。それらに関する求人が沢山出ると人が集まり、魔物の処分が開始された。
私はその求人を見て、魔物を素材にする仕事を選んで今ここにいる。この仕事は人手不足のようで、求人の説明にはとても力がこもっていたのが印象的だった。
再び解体所に通うことになると、久しぶりにあった責任者や従業員は手放しで喜んでくれた。働いていた期間はそれほど長くなかったけれど、私のことを覚えていてくれたみたいで嬉しかった。
だけど喜ぶのは一瞬のことで、すぐに悲惨な現状を把握した。数えきれないほどの魔物を処理しなくちゃいけない現場は戦場の名にふさわしい状況だ。
次々に運ばれる魔物の素材を前にして、みんなで気が遠くなった。だけど、そんなことになっても仕事は減らない。私たちは全力で魔物解体をはじめて、もう十日が経とうとしていた。
十日も経てば山のように積み上がっていた魔物たちの処理が終わり、残りは魔物を素材にする作業だけとなった。この作業だけは一体ずつ処理していかなければいけないので、他の作業とは違い時間がかかる。
朝早くから、夜遅くまで作業を続けていくと、途方もない作業に終わりが見えてきた。今、その終わりに向かって私たちは懸命に魔物を解体している。
「あ、これが最後のオークだ」
マジックバッグの中を探ると、残りは最後のオークだけとなった。そのオークを作業台の上に置き、まずは切り分けられる肉を見極める。それからナイフを手に持って、素材にできる部分だけを切り分ける。
素材はマジックバッグに入れて、不要な部分はマジックボックスに入れる。念のため素材を入れるマジックバッグを確認してみると、まだ中身は入りそうだった。なら、交換は後でいいよね。
空になったマジックバッグを持ち、責任者の所へと行く。
「すいません、こちらが終わりました」
「おー、早いな! だったら、次はこれを頼む。オークが入ったものだ」
「はい、分かりました」
また、新たなマジックバッグを受け取ってしまった。それを持って自分の作業台のところへと戻す。それにしてもまたオークか……同じものばかりでちょっと飽きてきた。
いいや、これは仕事なんだ。飽きたとか言ってられない。
「よし、次も頑張るぞ」
ようやく終わりが見えてきたところだ、こんなところで躓いてはいられない。気合を入れ直して、マジックバッグの中からオークを取り出して作業を続けた。
◇
魔物の解体の仕事は三週間弱続き、その期間はひたすら魔物を解体していた。休み時間なんてほとんどなくて、食事を取るだけの時間しかない感じだ。
それでも、みんな文句を言わずにひたすら解体を続けた。解体すればするだけお金が入ってくるんだから、誰もが真剣に解体をしていった。
そして、とうとう最後のマジックバッグになり、みんなでその中身を取り出して解体していく。終わりがすぐそこにある、みんなはとてつもないやる気を出して解体する。
「こっちは終わったぞ! まだ残っているか?」
「まだ残っているみたいだ」
「よし、終わらせるぞ!」
「やってやるぜ!」
そんな感じでどんどん解体を進めていき、とうとう最後の魔物が行き渡った。
「終わった……終わったぞ」
「もうないよな?」
「マジックバッグの中にはもうないぞ」
「ということは……終わりだー!」
「やったー!」
解体する魔物がなくなったことを確認すると、みんなで歓声を上げた。手放しでよろこんで、従業員同士お互いを労う。スタンピードで長い戦いを終えたのに、また長い戦いをやり遂げた。
「リル、やったな!」
「はい、終わりましたね!」
「リルもよく頑張ったな!」
「みなさんが頑張ったから、私も頑張れたんです」
みんなで喜びを分かち合うのは何度味わってもいいものだね。
こうして、スタンピード後のお仕事はそれ以上の時間をかけて達成された。Bランクの冒険者になっても、仕事は変わらない。だけど、私の生活は変わっていくだろう。
町に住むことができるようになったのだから。
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