270.異変(2)

 もっと冒険者として名を上げて、ヒルデさんの体を治す薬を手に入れる。新しい目標を見つけた私はやる気に満ちていた。でも、貴族の人に見初められるのはどうしたらいいのか分からない。


 貴族の依頼を受けるとか、大きな功績を残すとかしないとダメかな? コツコツ頑張っていただけじゃ足りないかな? 大きな功績か……どうすれば。


 ヒルデさんの薬のことを考えながら宿屋に戻ってきた。


「あ、リルちゃん。丁度いいところに」


 宿屋に入ったところでお姉さんに呼び止められた。


「何かあったんですか?」

「ハリスっていう男性冒険者の人が訪ねて来てね、この紙を渡すように言ってきたの」

「ハリスさんからですか。ありがとうございます」


 お姉さんから一枚の紙を受け取った。私はその紙を持って、自分の部屋へと戻っていった。部屋に入り、ベッドに腰かけるとその紙を開いて読む。


「えーっと……冒険者ギルド指名依頼がきた。詳しい話は今日の夜、この店で……と」


 冒険者ギルドから指名依頼? 今まで依頼者からの指名依頼はあったけど、冒険者ギルドからの指名依頼は初めてだ。一体どんな依頼なんだろうか?


 詳しい話はハリスさんが知っているみたいだし、今日の夜にこのお店に行けば話が聞けるってことだよね。ハリスさんのお誘いだ、絶対に行こう。


 それにしても冒険者ギルドの指名依頼、久しぶりの大きな仕事のような気がする。ここで依頼を達成すれば、大きな功績になるかな? そうしたら、ヒルデさんの薬に一歩近づくことになる。


 ◇


 その夜、ハリスさんに指定されたお店に行くと、そこは飲食店だった。お店の中に入って辺りを見渡すと、ハリスさんとサラさんがこちらに向かって手を振っているのが見えた。


「お待たせしました。サラさんも一緒だったんですね」

「暇をしていたからな、早く来て酒を楽しんでいたんだよ」

「リルもお腹が減っただろう。先に何かを注文してくれ」


 私は席に着いて、メニュー表を見た。うーん、何を食べよう……魚の煮つけ料理とパンにしよう。注文する料理を決めると、ウェイトレスさんを呼んで、注文をした。


 これでようやく落ち着ける。そう思っていると、ハリスさんが口を開いた。


「この休暇中はずっと仕事をしていたのか?」

「はい、今は錬金術師のところでお手伝いをしてします」

「リルが錬金術師のお手伝いか……中々さまになっているんじゃないか? というか、錬金術師に見えるな」

「コツコツ仕事をするところが合っているな。その内、錬金術が使えるようになったら面白いな」

「お二人までそんなことをいうんですか? 私には手伝いが似合っています」


 錬金術のお仕事は大変な仕事だ、そう簡単にできるはずもない。オルトーさんの仕事は本当に凄いんだから、真似すらできないと思う。


「サラは何をしていた?」

「私は鍛冶屋巡りをしていたな。良い剣や良い鎧がないか探すのが趣味でな、色んな所を巡って歩いた。そういうハリスは何をしていたんだ?」

「俺は健康に気を使っていてな、体のメンテナンスをしたり、健康に良いものがないか探して回ったな。今回も体に健康そうなものを見つけて中々楽しかったぞ」

「お二人はお休みを満喫していたんですね」


 サラさんは剣や鎧、ハリスさんは健康か……二人とも趣味があっていいな。もしかして、私って趣味がない!?


「今気づいたんですけれど、私には趣味がないように思えます」

「リルはあれだ、働くのが趣味なんだと思うぞ。今も生き生きしているように、私は見える」

「俺もそう思うぞ。休みだったのに積極的に働いても、こんなに元気にしているんだ。そう感じるな」

「働くのが趣味……」


 それって趣味って言えるんだろうか? うーん、私ものんびりできる趣味を作ったほうがいいと思う。腕を組んで悩んでいると、ウェイトレスがやってきて、料理を置いてくれた。


「そういえば、お二人は食べないんですか?」

「暇で早く来たらハリスがいてな、ついでに早く食べてしまったんだ」

「俺もサラに釣られて早く食べてしまったんだ。だから、リルは気にしないで食べてていいぞ」

「そうだったんですね」


 そういえば、二人の前にはつまみとお酒しか置いていない。そういうことなら、遠慮なく食べさせてもらうことにしよう。


「それで、ハリス。肝心の話は?」

「そうだな、リルはそのまま食べながら聞いて欲しい。休み中でも俺は冒険者ギルドに顔を出していたんだが、昨日ギルド職員に呼び止められてな今回の話をされたんだ」

「冒険者ギルドからの指名依頼でしたね。具体的にどんな話だったんですか?」

「最近、ビスモーク山の様子がおかしいそうなんだ。魔物が溢れ、魔物の境界線が崩れているという話だ。そこで、原因を探るのと間引きのために複数の冒険者パーティーに調査依頼と間引きのための討伐を依頼したらしい」


 冒険者ギルドからの指名依頼はビスモーク山に関することだった。指名依頼だとしても、どうやら私たち以外にも依頼していたみたいだ。ということは、ビスモーク山で活動している冒険者たち向けの指名依頼っていうことになるね。


「ビスモーク山で異変か……確かにビスモーク山で魔物討伐をしてきた私たちには打ってつけの依頼だろうな。山頂まではいけないが、それは問題ないのか?」

「山頂までは行かなくていいらしい。それは別の冒険者パーティーに依頼したみたいだからな。俺たちはまだAランクのドラゴンと対峙できないからな」

「山頂にはドラゴンがいるんですね」


 ビスモーク山の山頂にはドラゴンが生息しているみたいだ。ランクはAだし、私たちでは相手にならないだろう。そこに行くことが出来るパーティーに頼るしかない。


「じゃあ、私たちが調査をするのは中腹付近からちょっと上ぐらいだな」

「そうだ。その付近で魔物討伐をしてきた実績が買われて、今回指名依頼が来たようなものだしな。俺たちがするのはその辺りの調査と間引きだ」

「それだったら、いつも通りに魔物討伐をして、調査をすればいいですね」


 私たちに求められているのは、山の中腹付近からちょっと上までの範囲みたいだ。それだったら、何度も魔物討伐をしてきたし、何も分からないところを調査するよりはいいだろう。


「それで、この依頼を受けるか?」

「私は問題ない。リルはどう思う?」

「ビスモーク山の中腹辺りで活動してきた私たちにとってはピッタリな依頼だと思います。受けない理由が見当たりません」

「なら、決まりだな。早速明日から動き始めようと思うんだが、リルは仕事のほうは大丈夫か?」

「とりあえず、明日聞いてきますね。ある程度、まとまった仕事が終わっているので大丈夫だと思います」

「じゃあ、明日俺は冒険者ギルドにいるから、どうなるか決まったら教えに来て欲しい。話を聞いてから、予定を立てようと思う」


 みんなこの指名依頼を受けることに賛成みたいだ。久しぶりに三人で動くことになるな、遅れを取らないように気を付けないと。


 冒険者ギルドからの指名依頼だから、ランクアップとか功績になるのかな? そしたら、ヒルデさんの薬に一歩近づいたことになるね。


「ん? リル、やけに嬉しそうじゃないか。どうしたんだ?」

「サラさんには分かりますか? 今、ちょっと功績が欲しかったところなんです。だから、この指名依頼を成功させて、その足しになればいいなーっと思って」

「リルが功績をね……何か他の目標があるのか?」

「はい、違う目標ができたんです」

「ふっ、リルは退屈しないな」


 ランクアップもしたいけど、ヒルデさんの薬を手に入れる足がかりも欲しい。二つの大きな目標を前に、私のやる気が漲っていく。今回の指名依頼、絶対に成功させるぞ!

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