268.錬金術師のお手伝い(8)
「魔力をじっくりと混ぜこむと、品質が良くなるんだ。素材に魔力を込めるのは錬金術しかできないことだからね、高品質な物が欲しかったら錬金術師に頼めってことさ。だから、何か特別なものが欲しかったら錬金術師に頼むといいよ」
「そうなんですね」
あれからオルトーさんと雑談しながら、錬金術の棒を使って素材に魔力を混ぜこんでいた。話しながらでも魔力を混ぜこむことができたので、それほど難しい工程ではない。オルトーさんによると普通は難しいことなんだけど、私の魔力操作が上手いから簡単にできることなのだと教えてくれた。
「うん、こっちの素材の合成が終わったよ。そっちは……うん、良い感じに魔力を纏っているね。上手に素材に魔力を練り込むことができたね、流石はリルだ。近くに才能を持つ人がいると、色々と教えたくなるよ」
「私には錬金術は無理ですよ。魔力操作が得意なだけの冒険者ですから」
「リルは錬金術には興味がないのか、残念だ。いや、その内興味が湧いてくれるかもしれないね。その時には……って、そうそう、次の作業に移るんだった。テーブルに置いてある、取っ手のついた滑車を持ってきて」
錬金術の棒を抜き、壁に立てかけると、テーブルに乗せてあった取っ手のついた滑車を持ってきた。
「それを持って待ってて」
オルトーさんは大釜に近づくと、手をかざした。すると、大釜の中から細い棒のようなものが浮かび上がってきた。あんな棒なかったはずなのに、どういうことだろう。
「これはね固定化っていう錬金術の魔法なんだ。魔力で物を操って、自在に形を整える魔法なんだ。こうして、液状になった金属を想像する形に整えて固定化したら……魔導線のもとができるってわけ」
「そんな魔法もあるんですね」
「簡単な物から複雑な構造の物を作ることもできる、優れた魔法なんだ。そうそう、この棒の先にある輪っかを滑車の突起の部分に付けて」
言われた通りに宙に浮いた棒を指でつまみ、ゆっくりと引き寄せる。そして、滑車のローラー部分についた突起に棒の先端についた輪っかを通した。
「それで、取っ手の部分を回して。そうすると、溶けた金属が私の魔法を通って固定化されて、細長い棒として出てくるんだ」
私はゆっくりと滑車についた取っ手を回す。すると、オルトーさんが発動している固定化の魔法を通って、液状の金属が細長い棒になってどんどん出てくる。滑車を回すとその細い棒が滑車に巻きつき、滑車のローラー部分に溜まっていく。
「わぁ、面白いですね。液状のものが一瞬で棒になるのが凄いです」
「この魔法は凄いだろう。複雑なものを作るには物凄い集中力が必要だけど、今回は細い棒を作ればいいだけだから楽なんだよね。でも、ちゃんと魔法を発動させないと歪んだ物が出来てしまうから、集中も必要だ」
集中が必要だと言いながら、いつも通り喋っているオルトーさんが凄い。完成した細い棒には全く歪みがないから、喋りながらどうやって集中しているのか不思議だ。
取っ手をグルグル回すと、どんどん細い棒が滑車に巻かれていく。その間もオルトーさんは喋っていて、固定化の魔法がちゃんと発動しているのか不安になる。
私は取っ手をグルグル回すだけだから大丈夫だけど、オルトーさんは喋り続けて大丈夫なのか心配だ。
◇
あれから巻かれた細い棒に厚みが増すと、一度切って滑車から取り外した。そしてまた新しい細い棒を巻き始める。それを五度ほど行うと、細い棒の生産は終わった。
だけど、魔導線の仕事はまだ終わりじゃなかった。
「次はリルが粉にしてくれた液体に作った物を絡めて、棒を保護する膜を作るんだ。この膜があるとないとじゃ、魔力や魔法の伝達率が段違いでね、あったほうが高価に売れるんだ」
「あの……液体にするんなら、粉にしなくても良かったんじゃないですか?」
「いやいや、この粉にする作業が重要なんだよ。スライムの素材と金属の素材を合成するのは結構難しくてね、普通の素材から溶かして結合しようとすると上手く混ざり合ってくれないんだ。だから、混ぜ合わせるのに素材を小さくする必要があってだね」
オルトーさんの説明が始まった。要は素材を細かくしたほうが、異なる素材の結合が上手くいくっていう説明だ。いつも思うのだけれど、この説明は私が聞いてもいいものなのだろうか? 企業秘密なことは含まれていないかな?
「まず、出来立ての棒の束を液に浸ける。それから、先を引き上げながら固定化の魔法をかける。ほら、棒に膜が張っただろう? この棒の先っぽを先ほどの滑車の突起に取り付けて」
「はい、取り付けました」
「そしたら、先ほどと同じように巻き始めて。すると、ほら見て、膜を張った棒が出てくるっていうことさ。いやー、このやり方を見つけるのに色々と試行錯誤したんだよね。この方法が一番だと思う」
確かにこれだったら取っ手を回すだけで作業が終わっていく。簡単に見えたこの作業もオルトーさんの努力の結晶なんだろうね。錬金術師は試行錯誤しながら物を作るんだ、やっぱり私には無理かなー。
「さぁ、この調子で魔導線を完成させよう。これでようやく納品できるから、せっつかれなくてすむ。高品質な魔導線は中々出回らないから、出来たそばから売れていくんだ。リルがいるうちにまた作っておきたいなー」
「売れ筋商品なんですね。だから、こんなに沢山作ってたんですね」
私は滑車を回してできたての魔導線を巻き取って、オルトーさんは固定化の魔法を使って魔導線を完成させる。まじめに作業をしているはずなのに、オルトーさんのお喋りは止まらなかった。
賑やかな作業は続いていく。
◇
「よし、これで魔導線は完成だ。これだけ作っても、すぐに売り切れてしまうから、またすぐに作ったほうがいいだろうなぁ。きっと、売った先からまた早く作ってくれって言われそうだ」
「もっと量を作ればよかったんじゃないんですか?」
「そうすると、品質が落ちてしまうんだよ。大量につくるっていうことは、それだけ大量の魔力が必要なんだ。十分な品質の商品を作るためには、自分の魔力量と相談しながらじゃないと無理かなー」
出来上がった魔導線を見て、素朴な疑問をぶつけてみた。話を聞いてそうなんだ、と思った。錬成には魔力が必要だし、今回の魔導線は魔力を使う場面が多かった。きっとこれ以上増やすと魔力が足りなくなるんだ。
「まだまだ作らないといけない商品があるんだ。しばらくお手伝いがこなかったから、商品が作れなかったんだよ。リルはあと、どれくらい働ける?」
「冒険者仲間のお休みが終わるまでは働けますよ。まだ、しばらくは大丈夫だと思います」
「なら、手伝いの延長をお願いしてもいいかな? リルはきっちり作業をしてくれるから助かるし、錬成の手伝いもしてくれるから、ぜひまだ働いて欲しいんだ」
数日間だけだった錬金術師の手伝いが、もう少し長くなりそうだ。この仕事は大変な部分もあるけれど、自分には相性がいいみたい。
「私でよければ働かせてください。でも、錬成の手伝いなんてできませんよ。今回だって、たまたまできただけですからね」
「そう言ってくれて良かったよ。いやー、リルは筋がいいよ。鍛えれば錬金術師になれると思う。面白いじゃないか、冒険者の錬金術師なんて。自分で素材を取りに行って、その素材で錬成して……うん、いいね!」
「そんな器用にできませんよ。私の手伝いなんかよりも、弟子とか取ったらどうですか?」
「弟子取ったら自分の好きなことが出来なくなるじゃないか。あー、でもリルだったら弟子にしてもいいかも。要領がいいし手際もいいし、時間のかかる仕事をしっかりとこなしてくれる。リルの仕事への姿勢を見ると、今まで色んな仕事をしっかりとこなしてきたんだろうなって分かるよ」
そう言ってもらえると嬉しい。今まで色んな仕事をしてきて、頑張ってきたけれど、その全てを肯定してくれるような感じだ。
「リルならなんでもできそうだよね。きっと、教えるのも楽しくなると思う。どう? 冒険者兼錬金術師にならない?」
「いやいや、私に錬金術師は無理ですよー」
「またまたー、ちょっとは興味あるでしょ? いいや、あるはずだ。もしなかったとしても、興味を出させてあげよう。錬金術師の良いところを聞いたら、興味を持ってくれるでしょ?」
私を錬金術師に引き込みたいオルトーさんは錬金術師の良いところを語りに語った。オルトーさんが喋りたいだけ、と思わなくはないけれど、結構魅力的な話だったから少し心が揺らいだのはここだけの話だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます